氷室冴子 『雑居時代』
2007年3月29日 読書
上下巻、集英社文庫コバルトシリーズ、1982。たいして期待していなかったせいか、意外に面白く読めました。言葉、特に固有名詞なんかは、時代を感じるけれど(4半世紀前に書かれた小説、仕方がない)、成績優秀な高校生が語り手なせいもあってか、語彙は豊富な感じであるし(諺が得意そうだ)、読んでいてそれほど苛々もしなかったです。※以下いつものようにネタバレ注意です(毎度、すみません)。
<“倉橋さんちの数子さん”――開校以来の才媛と評判の娘が、あたしってわけ。ところが失恋しちゃったの、同居中の譲叔父さんに……。がっくりしたあたしは、外国へ教えに行く花取教授邸の留守番をかってでたの。ところが、その家へ押しかけてきたのが、同じ学校の漫画家志望の三井家弓っていう問題児。そしてもうひとり勉という北大志望の浪人生。かくして女二人男一人の雑居生活が始まったのだ。>(上巻のカバーの折り返し)
舞台は北海道は札幌市。微妙に今で言うところのBL系要素あり。実家にいるさい「あたし」(数子)は、譲叔父さんを人手に渡さないために、叔父さん(若い大学講師)の教え子で、ホ○である鉄馬(家は金持ちで御曹司)と手を組んでいたということもあって、その鉄馬が花取邸に出入りしたりしてる。ハンサムで素直な(というより鈍い)勉は、鉄馬にちょっと狙われている。――具体的に書かれているところもあって(ス○キノ近し)、読みなれていないせいもあるけれど、若干ひきつつ、そういうところも面白いことは面白いです。ちょっとドタバタな感じであるし。漫画家の卵が出てきたり、譲叔父さんと結婚した女性(清香)が素人劇団に所属していたりで、ほんのちょっとメタフィクションっぽい要素もあるかな(作中作、作中劇的な)。
「あとがき」(下巻)によれば、もともと雑誌『小説ジュニア』の1981年10月号から1982年6月号に連載されていたらしく、作中の時間もだいたいそれと対応している。高校2年の2学期(10月号が発売される?9月ごろ)から始まっている。――時間的に、浪人生の勉くん(安藤勉)の入試まで描かれているのだけれど、どうしようか、これについてはひと騒動あるから、合否などは触れないでおこうか。出身は仙台、お父さんは「村の出納係を兼ねた、山林地主」(p.164)とのこと。仙台といっても中心市街地とかではないのかも。もともと札幌市内の(?)「代々木ゼミ」の寮にいたけれど、さる事情から、我慢の限界がきて飛び出して来たらしい。ネタバレしてしまうけれど、「さる事情」というのは、マヨネーズなど、食べ物に関して特定のブランドにこだわる性格らしく(「マヨネーズはキューピー印じゃなきゃ!」上、p.38)、寮の食べ物には耐えられなかったらしい。あ、でも4月から8月くらいまでは我慢できていたわけか(意外と我慢できる性格?)。
大学は、北海道大学の医学部を志望。北大を受けるのは、ちゃんとした理由はわからないけれど、「雄大な北海道の自然にあこがれて」(p.34)らしい。宮城県の自然はそれほど雄大ではないのか。でも、こういう人は意外に多いのかも。古い神社や寺院が好きだから京都大学へとか。一方、なぜ医学部なのかについては、書かれていない。共通一次の結果が思わしくなかった時点で、医学部受験をやめようともしていたらしいから、学部にはそれほどこだわっていないのかも。そういえば、語り手ではないからかもしれないけれど、前年どうして落ちたかについては何も語られていなかったと思う。
あと、トムくん、予備校では「代々木のプリンス」と呼ばれて、もてているらしい。でも、やっぱり、家にまで友達を連れてきちゃったりすると、勉強の妨げにはなるよね。やめましょう(?)。あまり関係がないけれど、予備校については、次のような箇所が具体的である。
<通称、札予備[さつよび]、札幌予備校といえば、三年前、本州資本の代々木ゼミナールが道内に進出してくるまでは、道内随一の規模を誇った名門予備校である。/何ごとにもブランドに固執する勉なんかは、ローカルな名門よりは全国共通の名門がいいというわけで、代々木ゼミナールに通っているが、北海道内の有名私大や女子大をめざす者にとっては、道内の大学の教授が多く講師をつとめる札幌予備校のほうが、いざというときに有利だという情報もあり、なかなか盛況のようだ。>(下、p.216、[括弧]はルビ)
「いざというとき」ってどういうとき? これはなんていうか、入試問題漏洩的な「有利」さなのかなんなのか。勉くん、予備校もブランドで選んでいるなら、大学もやっぱりブランドで選んでいそうな気がするけれど、どうなんだろう。あと、Yゼミが津軽海峡(?)を越えたのは、1982-3=1979年で正しいの? 遅いのか早いのかいまいちわからないし、だいたいYゼミがいつごろから存在していて、いつごろから全国展開を開始したのか、とかまったく知らない(あまり興味もない)。語り手の数子(「開校以来の才媛」)は、高校3年になっても予備校には通わないようだ。
大学受験がらみでは、英単語集『でる単』(森一郎『試験にでる英単語』)がちらっと出てきているところ(上、pp.233-)がちょっと目にとまったかな。『でる単』が(リアルタイムで?)小説に小道具として登場するのは、70年代後半から80年代まで、遅くて90年代初めくらいまで、という感じか。データはないけれど、そんな気がする。2000年以降の高校生にその単語集を持たせている小説があったら、かなりの時代錯誤? (かといって、『も○たん』を持たせている小説があったらそれはそれで…。)
<“倉橋さんちの数子さん”――開校以来の才媛と評判の娘が、あたしってわけ。ところが失恋しちゃったの、同居中の譲叔父さんに……。がっくりしたあたしは、外国へ教えに行く花取教授邸の留守番をかってでたの。ところが、その家へ押しかけてきたのが、同じ学校の漫画家志望の三井家弓っていう問題児。そしてもうひとり勉という北大志望の浪人生。かくして女二人男一人の雑居生活が始まったのだ。>(上巻のカバーの折り返し)
舞台は北海道は札幌市。微妙に今で言うところのBL系要素あり。実家にいるさい「あたし」(数子)は、譲叔父さんを人手に渡さないために、叔父さん(若い大学講師)の教え子で、ホ○である鉄馬(家は金持ちで御曹司)と手を組んでいたということもあって、その鉄馬が花取邸に出入りしたりしてる。ハンサムで素直な(というより鈍い)勉は、鉄馬にちょっと狙われている。――具体的に書かれているところもあって(ス○キノ近し)、読みなれていないせいもあるけれど、若干ひきつつ、そういうところも面白いことは面白いです。ちょっとドタバタな感じであるし。漫画家の卵が出てきたり、譲叔父さんと結婚した女性(清香)が素人劇団に所属していたりで、ほんのちょっとメタフィクションっぽい要素もあるかな(作中作、作中劇的な)。
「あとがき」(下巻)によれば、もともと雑誌『小説ジュニア』の1981年10月号から1982年6月号に連載されていたらしく、作中の時間もだいたいそれと対応している。高校2年の2学期(10月号が発売される?9月ごろ)から始まっている。――時間的に、浪人生の勉くん(安藤勉)の入試まで描かれているのだけれど、どうしようか、これについてはひと騒動あるから、合否などは触れないでおこうか。出身は仙台、お父さんは「村の出納係を兼ねた、山林地主」(p.164)とのこと。仙台といっても中心市街地とかではないのかも。もともと札幌市内の(?)「代々木ゼミ」の寮にいたけれど、さる事情から、我慢の限界がきて飛び出して来たらしい。ネタバレしてしまうけれど、「さる事情」というのは、マヨネーズなど、食べ物に関して特定のブランドにこだわる性格らしく(「マヨネーズはキューピー印じゃなきゃ!」上、p.38)、寮の食べ物には耐えられなかったらしい。あ、でも4月から8月くらいまでは我慢できていたわけか(意外と我慢できる性格?)。
大学は、北海道大学の医学部を志望。北大を受けるのは、ちゃんとした理由はわからないけれど、「雄大な北海道の自然にあこがれて」(p.34)らしい。宮城県の自然はそれほど雄大ではないのか。でも、こういう人は意外に多いのかも。古い神社や寺院が好きだから京都大学へとか。一方、なぜ医学部なのかについては、書かれていない。共通一次の結果が思わしくなかった時点で、医学部受験をやめようともしていたらしいから、学部にはそれほどこだわっていないのかも。そういえば、語り手ではないからかもしれないけれど、前年どうして落ちたかについては何も語られていなかったと思う。
あと、トムくん、予備校では「代々木のプリンス」と呼ばれて、もてているらしい。でも、やっぱり、家にまで友達を連れてきちゃったりすると、勉強の妨げにはなるよね。やめましょう(?)。あまり関係がないけれど、予備校については、次のような箇所が具体的である。
<通称、札予備[さつよび]、札幌予備校といえば、三年前、本州資本の代々木ゼミナールが道内に進出してくるまでは、道内随一の規模を誇った名門予備校である。/何ごとにもブランドに固執する勉なんかは、ローカルな名門よりは全国共通の名門がいいというわけで、代々木ゼミナールに通っているが、北海道内の有名私大や女子大をめざす者にとっては、道内の大学の教授が多く講師をつとめる札幌予備校のほうが、いざというときに有利だという情報もあり、なかなか盛況のようだ。>(下、p.216、[括弧]はルビ)
「いざというとき」ってどういうとき? これはなんていうか、入試問題漏洩的な「有利」さなのかなんなのか。勉くん、予備校もブランドで選んでいるなら、大学もやっぱりブランドで選んでいそうな気がするけれど、どうなんだろう。あと、Yゼミが津軽海峡(?)を越えたのは、1982-3=1979年で正しいの? 遅いのか早いのかいまいちわからないし、だいたいYゼミがいつごろから存在していて、いつごろから全国展開を開始したのか、とかまったく知らない(あまり興味もない)。語り手の数子(「開校以来の才媛」)は、高校3年になっても予備校には通わないようだ。
大学受験がらみでは、英単語集『でる単』(森一郎『試験にでる英単語』)がちらっと出てきているところ(上、pp.233-)がちょっと目にとまったかな。『でる単』が(リアルタイムで?)小説に小道具として登場するのは、70年代後半から80年代まで、遅くて90年代初めくらいまで、という感じか。データはないけれど、そんな気がする。2000年以降の高校生にその単語集を持たせている小説があったら、かなりの時代錯誤? (かといって、『も○たん』を持たせている小説があったらそれはそれで…。)
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