中野孝次 「雪ふる年よ」
2007年6月4日 読書『麦熟るる日に』(河出書房新社、1978/河出文庫、1982)所収。3篇中の2篇目。いま手にしているのは文庫のほうの新装版初版(1993)というもの。カバー後ろの紹介文には「自伝的三部作を収録」と書かれているけれど、この『麦熟るる日に』自体も、『苦い夏』『季節の終り』と続いて三部作になっているようだ(ある本に書かれていたのだけれど、ほんと?)。全体的な感想としては、個人的に出自など、よくわかる部分もあるのだけれど、哲学書とか難しげな本に手を出していたもっと若いころに読みたかったかな、とは思ったです。
知というか教養や芸術を渇望している「ぼく」は、教養の近くにいる者に対しては憧れを持ったり、羨望したりしている。が、しかし、その反面、教養の側にいない者――その典型が家族、特に北関東の農村出身で大工の父親なのだけれど、そうした人たちに対しては、嫌悪感や反感を抱いている。その嫌悪や反感はだんだんというか、後には「冷たい批判」へと変化したりする。――ちょっと引きぎみに読んでいると、頭の中けっこう自分勝手なやつだな、みたいなことは思うけれど、知への欲求が強すぎて周りのことが見えなくなっている(p.103のへんなど参照)のか、要するにもともとの性格に加えて若さゆえ、みたいな感じなのかな? 家族のみんな、特にお父さんが、この「ぼく」のことをどう思っていたのか、とか徒然に考えてしまう。そう、あまり関係がないけれど、「ぼく」はちょっと人の家にあがりすぎな気がする。なぜか人の家にあがってからその人に対する評価を(主にマイナス方向へ)改めたり深めたりすることが多い(加藤夫妻、木下家、兄夫婦、高橋さん。あと須藤、最初のほうで触れられる谷口中尉の妹もか)。
主人公は昭和初年(1925年)生まれで、描かれているのは昭和16年(1941年)の正月から昭和19年(1944年)の試験が終わるまで。お兄さん(9つ年上)が召集されたり、時代的に当然、本人にも戦争は重くのしかかっている。独学というか、中学校へは通っていなくて(通わせてもらえなくて)、自分で勉強して検定試験(いまで言えば大検にあたる「専検」)を受けて合格し、4月(昭和17年4月)から浪人生活というか、予備校に通い始めている。それまで独りで勉強していたということもあるし、それが教養や芸術(直接的には高校の文化を味わいたい?)へとつながるからか、予備校や講師たちはおおむね肯定されている。戦争、例えば徴用される不安など以外に「ぼく」の行く手を阻むというか歪めるものとしては、まだ専検を受ける前に、近所の奥さんから誘惑される、といった(ベタな?)話もある。
いちばんの読みどころというか、ちょっと突き抜けていてよいと思うは、予備校での友人、青木くんが、学院長のはからいによる遠足のさいに、生徒たちがいちばん憧れているはずの一高の寮歌を、朗々と歌いあげる場面(pp.131-2)。浪人生であるみんなの間に悲しい一体感と、それでも希望がある、という感じ。(よくいる酒の席で昔、通っていた学校の校歌を歌いだす人とか、個人的には嫌いだけれど、それとは逆。過去でなく未来。あ、でも)主人公はさらにその悲哀(のほう)を、自分を含めて小学校のとき中学校へ進学できなかった者たちのそれと重ね見ている。またあとで(ページ的にはすぐあと)1年目の受験で合格できなかったときに、帰りの汽車のいちばん後ろのデッキで、青木くんをまねてその歌を歌っている。――こういうのは「酔っている?」とか思ってしまうと、それまでだけれど。
いつも書いているようなことも書いておかないと。家は市川(千葉)? 1篇目をちゃんと読んでいないのでよくわからない。家族は大工の棟梁である父、家で献身的に働く母、帰って来て転勤になってまた出て行くアルミの会社に勤める兄(と田舎出の嫁)、時計工場で働き始める妹、あと弟が2人いるらしい。「ぼく」は弟たちを除いてぜんいんを嫌悪している感じ。家族の中で心理的に孤立しているから、予備校に通い始めてからも、そういう意味では「独学」と言えるのかもしれない。意外と金銭的な心配はしていない模様。あ、予備校の月謝を妹の月収と比べて後ろめたく(?)感じている箇所はあったか。
予備校に関してはけっこう具体的に書かれていて、「ぼく」が通い出すのは、受験雑誌の広告で知ったできたばかりの予備校。場所は……どこ? 電車を上中里で降りている。建物は「寄席のあと」らしい。教師は、学院長は別の人らしいけれど、国数英の3人(高橋さん、三井さん、平山さん)、生徒数は6、70人とのこと。途中というか9月からは引っ越して、校舎は本郷(帝大の)農学部裏の通りにある古い洋館、教師も生徒も増えたらしい。関係ないけれど、受験自体もそうだし、予備校も引っ越しているし、女性からも2度誘惑されているし、この小説では2度、2回なことが多い(?)。家庭学習は、一時は近くの木下家の離れ(高校に受かった息子が使っていた場所)で勉強しているけれど、それ以外は2畳の自分の部屋で。本棚の上のほうには『三太郎の日記』や『哲学以前』、『善の研究』、あと『トオマス・マン短篇集』などの教養本が「守護天使」のように飾られている。TVなんかを見ていると受験生の部屋の壁によく「東大合格!」みたいな張り紙がしてあるけれど、あれみたいなもの?(ああいうのはお守りな感じではなく、自分にはっぱをかける勉強への動機付けか)。
受験は1度目は松本の高校。1次は合格して2次の面接試験で落ちている。狭き門の専検に1度で受かっているし、もちろん努力のたまものだろうけれど、勉強が足りなくて落ちたわけではなさそうである。翌年の2度目は、熊本の高校(1次は長崎でも受けられたらしく、そちらで受けている)を受けて合格。最初のほうで文中に夏目漱石の『三四郎』がちらっと出てきているのは、微妙に伏線になっているのかもしれない(この小説について触れた何かの本に「難関五校に進学」と書かれていたけれど「五高」の誤植か)。小説のラストは、また汽車の中。自分が抱えていた歪みがほどける、というか、要するに報われた形で終わっている。連作(続きがある)にしても、高校(いまなら大学)に合格した時点で終わる小説ってどうよ? と思う人は思うかもね。
予備校に通い始めるのは、ページ数的には半分をすぎてからだけれど、浪人生小説としては……どうなのかな、お薦めといえばお薦めかもしれないです。浪人生が読んで役に立ちそうな感じはしないけれど。(量的にはそれほどでもないのだけれど、最近このブログのせいでジャンル的に乱読ぎみで、自分の中の小説に対する評価基準がぶれまくりです(涙)。)
知というか教養や芸術を渇望している「ぼく」は、教養の近くにいる者に対しては憧れを持ったり、羨望したりしている。が、しかし、その反面、教養の側にいない者――その典型が家族、特に北関東の農村出身で大工の父親なのだけれど、そうした人たちに対しては、嫌悪感や反感を抱いている。その嫌悪や反感はだんだんというか、後には「冷たい批判」へと変化したりする。――ちょっと引きぎみに読んでいると、頭の中けっこう自分勝手なやつだな、みたいなことは思うけれど、知への欲求が強すぎて周りのことが見えなくなっている(p.103のへんなど参照)のか、要するにもともとの性格に加えて若さゆえ、みたいな感じなのかな? 家族のみんな、特にお父さんが、この「ぼく」のことをどう思っていたのか、とか徒然に考えてしまう。そう、あまり関係がないけれど、「ぼく」はちょっと人の家にあがりすぎな気がする。なぜか人の家にあがってからその人に対する評価を(主にマイナス方向へ)改めたり深めたりすることが多い(加藤夫妻、木下家、兄夫婦、高橋さん。あと須藤、最初のほうで触れられる谷口中尉の妹もか)。
主人公は昭和初年(1925年)生まれで、描かれているのは昭和16年(1941年)の正月から昭和19年(1944年)の試験が終わるまで。お兄さん(9つ年上)が召集されたり、時代的に当然、本人にも戦争は重くのしかかっている。独学というか、中学校へは通っていなくて(通わせてもらえなくて)、自分で勉強して検定試験(いまで言えば大検にあたる「専検」)を受けて合格し、4月(昭和17年4月)から浪人生活というか、予備校に通い始めている。それまで独りで勉強していたということもあるし、それが教養や芸術(直接的には高校の文化を味わいたい?)へとつながるからか、予備校や講師たちはおおむね肯定されている。戦争、例えば徴用される不安など以外に「ぼく」の行く手を阻むというか歪めるものとしては、まだ専検を受ける前に、近所の奥さんから誘惑される、といった(ベタな?)話もある。
いちばんの読みどころというか、ちょっと突き抜けていてよいと思うは、予備校での友人、青木くんが、学院長のはからいによる遠足のさいに、生徒たちがいちばん憧れているはずの一高の寮歌を、朗々と歌いあげる場面(pp.131-2)。浪人生であるみんなの間に悲しい一体感と、それでも希望がある、という感じ。(よくいる酒の席で昔、通っていた学校の校歌を歌いだす人とか、個人的には嫌いだけれど、それとは逆。過去でなく未来。あ、でも)主人公はさらにその悲哀(のほう)を、自分を含めて小学校のとき中学校へ進学できなかった者たちのそれと重ね見ている。またあとで(ページ的にはすぐあと)1年目の受験で合格できなかったときに、帰りの汽車のいちばん後ろのデッキで、青木くんをまねてその歌を歌っている。――こういうのは「酔っている?」とか思ってしまうと、それまでだけれど。
いつも書いているようなことも書いておかないと。家は市川(千葉)? 1篇目をちゃんと読んでいないのでよくわからない。家族は大工の棟梁である父、家で献身的に働く母、帰って来て転勤になってまた出て行くアルミの会社に勤める兄(と田舎出の嫁)、時計工場で働き始める妹、あと弟が2人いるらしい。「ぼく」は弟たちを除いてぜんいんを嫌悪している感じ。家族の中で心理的に孤立しているから、予備校に通い始めてからも、そういう意味では「独学」と言えるのかもしれない。意外と金銭的な心配はしていない模様。あ、予備校の月謝を妹の月収と比べて後ろめたく(?)感じている箇所はあったか。
予備校に関してはけっこう具体的に書かれていて、「ぼく」が通い出すのは、受験雑誌の広告で知ったできたばかりの予備校。場所は……どこ? 電車を上中里で降りている。建物は「寄席のあと」らしい。教師は、学院長は別の人らしいけれど、国数英の3人(高橋さん、三井さん、平山さん)、生徒数は6、70人とのこと。途中というか9月からは引っ越して、校舎は本郷(帝大の)農学部裏の通りにある古い洋館、教師も生徒も増えたらしい。関係ないけれど、受験自体もそうだし、予備校も引っ越しているし、女性からも2度誘惑されているし、この小説では2度、2回なことが多い(?)。家庭学習は、一時は近くの木下家の離れ(高校に受かった息子が使っていた場所)で勉強しているけれど、それ以外は2畳の自分の部屋で。本棚の上のほうには『三太郎の日記』や『哲学以前』、『善の研究』、あと『トオマス・マン短篇集』などの教養本が「守護天使」のように飾られている。TVなんかを見ていると受験生の部屋の壁によく「東大合格!」みたいな張り紙がしてあるけれど、あれみたいなもの?(ああいうのはお守りな感じではなく、自分にはっぱをかける勉強への動機付けか)。
受験は1度目は松本の高校。1次は合格して2次の面接試験で落ちている。狭き門の専検に1度で受かっているし、もちろん努力のたまものだろうけれど、勉強が足りなくて落ちたわけではなさそうである。翌年の2度目は、熊本の高校(1次は長崎でも受けられたらしく、そちらで受けている)を受けて合格。最初のほうで文中に夏目漱石の『三四郎』がちらっと出てきているのは、微妙に伏線になっているのかもしれない(この小説について触れた何かの本に「難関五校に進学」と書かれていたけれど「五高」の誤植か)。小説のラストは、また汽車の中。自分が抱えていた歪みがほどける、というか、要するに報われた形で終わっている。連作(続きがある)にしても、高校(いまなら大学)に合格した時点で終わる小説ってどうよ? と思う人は思うかもね。
予備校に通い始めるのは、ページ数的には半分をすぎてからだけれど、浪人生小説としては……どうなのかな、お薦めといえばお薦めかもしれないです。浪人生が読んで役に立ちそうな感じはしないけれど。(量的にはそれほどでもないのだけれど、最近このブログのせいでジャンル的に乱読ぎみで、自分の中の小説に対する評価基準がぶれまくりです(涙)。)
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