『ドッペルゲンガー奇譚集』(角川ホラー文庫)というアンソロジー本でも読めるようだけれど、手元にあるのは、連作短篇集『見知らぬ扉』(日文文庫、2000。[単行本は『人生のもう一つの扉』天山出版、1989])。“マンション住人小説”というか、「フラワーマンション」と呼ばれるマンションの住人たちが描かれた連作短篇集。その(「ENTRANCE」と「EXIT」を除いて)全11篇中の5篇目。各篇のタイトルの前には部屋番号が付いていて(例えば1篇目は「701号室の話 人生の二つの扉」など)、この「エイプリル・シャワー」は901号(「901号室の話」)。予備校生の川本哲也はそのマンションの最上階、いちばんデラックスな部屋らしい901号室に住んでいる。いちおう文庫カバーの紹介文も引用しておくと、

 <都心に向かう私鉄沿線の駅近くのゆるやかな丘陵にある、甘い花の香りに包まれた九階建ての白いマンション。住民たちは、サラリーマン、大学教授、OL、看護婦、受験生…管理人、そして一匹の猫。どこにでも見かけそうな人々の生活だが、その部屋の扉をあけてみると、人間の深層に隠された危険な欲望が、そしてあなたのもう一つの人生が…。心の奥底に潜む戦慄を捉えた連作ホラー。>

とのこと。植物や一匹の猫に憑かれているマンション、という感じでもないけれど、でも、そんな感じなのかな(連作の最後まで読んでいるから、こういう言い方もちょっと白々しい…)。あと、「人生のもう一つの扉」というよりは「もう1人の自分」(だいたい同じ意味か)みたいな小説集かもしれない。

本題というか、上の文章でいえば「受験生」にあたる話だけれど、星好きの浪人生が好奇心から望遠鏡で自分の部屋(901号)からほかの部屋(910号、マンションはL字型になっている)を覗くと全裸の女性が見え、さらにその女性に後ろから革手袋をした手を巻きつける男の姿が…、みたいな話。こういう話(遠視というか、のぞく系な話)は結局、相手と何らかの形で接触しないと終わりにならないのかなんなのか、結局のところ、最後はそんな感じになって終わる(遠くから眺めたりのぞいたり、眺められたりのぞかれたりする小説は、過去にまとめてとりあげてあるので、過去ログを適当に参照されたし)。もちろん裸の女性を見てからは、妄想が膨らんで(?)勉強があまり手につかなくなっている感じ。関係ないけれど、主人公が付けている「星日記」というのがちょっと面白いかな、下ネタだけれど。

5つの大学(医学部)に落ちて熊本から上京したばかり、哲也くんは、両親をはじめ親族に慈恵医大出身者が多く、開業医の父親からジケイ合格を言い渡されている、らしいのだけれど、これは、東京の医大→慈恵医大、みたいなイメージ?(でも、この前とりあげた佐川光晴の小説では、東京医科歯科大に受かるのだったっけ)。それにしても、ほんと医学部志望の受験生小説って多いな、それくらいの需要があるということなのか。まぁ“おんぼろアパート小説”であれば、医者の息子、みたいな設定は不用だったのかもしれないけれど。安いらしいとはいえ、いちおう“マンション小説”だから。朝晩には母親から電話がかかってきて、野菜は食べているかとか、模擬テストの結果はどうか、とか聞かれている(過干渉なのはわかるけれど、あまり医学部卒なお母さんっぽくないな、なんとなく)けれど、それをテッちゃんは受け流している感じ。浪人生小説といえば、もちろん移動手段はオートバイで(?)、通学にはオートバイを使っているらしい。予備校がらみでは、小田陽子という「予備校のたった一人のガールフレンド」が出てくる。こんな会話はちょっと面白いかな、

 <「ちゃんと、ジケイしてる?」/「ま、どうにかね。I・C・Uしてる?」>(p.149)

帰国子女の小田さんのほうは、両親から国際基督教大学に入るように言われているらしい(書かれていないけれど、これも、自分たち=両親がICU卒くらいの理由からなのだろうか。cf.三浦哲郎「モーツァルト荘の裸婦」)。そう、この誰とでもすぐに仲良くなれるらしい女の子がどうして「逆三角形の色白の顔に、ぶ厚い眼鏡をかけた、内気な青年」(p.127)の哲也にちょっかい(?)を出してるのか、がよくわからない。哲也くんだけでなく、予備校の男の子たちにかたっぱしから声をかけているのか、それとも海外育ちで日本の常識(美意識?)が通じないのか、なんなのか。それはいいとして、去年というか今年落ちた理由はなんだっけ? ――数学が原因なのか。特に微分・積分が苦手らしい。そう、数学の問題が3題(不等式の証明2題、対数を使うらしいウサギとカメの文章題1題)出てくるのだけれど、解答が欲しい(少し解いてみたのだけれど、高校を卒業してはや10年以上、さすがに忘れている…。1/xって、xで積分するとlogxになるんだっけ? というか、どうでもいいや(汗))。あと、浪人とは関係ないけれど、英語の辞書に載っている性的な意味の単語に赤線が引いてある、みたいなことは、それに近いことなら小説を読んでいるとよく出てくる。辞書には口にしにくい言葉も載っているから、かもしれないけれど。(cf.単語集だし、ちょっと違うけれど、庄司薫『さよなら怪傑黒頭巾』の冒頭など参照。)ちなみに描かれているのはタイトルどおり、4月。

本も、いちおう最初から最後まで読んだのだけれど、連作全体の感想としては――その前に、「解説」(篠田真由美による)で前から順に読んでください、と書かれていたので、それに従ってしまったけれど、別に最後の「EXIT」さえ読まなければ、どこから読んでも問題はないと思う、個人的には。で、全体の感想としては、こういう小説(どういう小説?)なら小川洋子の『寡黙な死骸 みだらな弔い』のほうがずっと面白いと思うし、同じく“花”というか“植物”をあしらった小説なら、以前少しとりあげた柄刀一『シクラメンと、見えない密室』のほうがまだましであると思う(そちらのほうがわかりやすくていい)。話が戻ってしまうけれど、「エイプリル・〜」のオチの“ドッペルゲンガー”(本文でこの言葉は使われていない)にしても、こういうのなら、村上春樹の『スプートニクの恋人』とかを見習ったほうがいいのでは、みたいなことも思ってしまう。←ぜんぜん小説の感想じゃないな(汗)。
 

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