堀田あけみ 『ボクの憂鬱 彼女の思惑』
2007年8月19日 読書河出書房新社、1990/河出文庫、1993。対照的な性格の双子の姉妹それぞれによって、相手に対する気持ちやら、それに絡んだ自分の気持ちやらが語られているような小説。愛情とか憧れや尊敬とかコンプレックスとか、依存心みたいなものとか。
<ボクは山中美奈、18歳。四人姉妹の三番目。女の子なのに自分のことを「ボク」ってよぶのは、ボクが一卵性双生児の片割れだから。いつも隣に、同じ顔をして同じ服を着てお揃いのリボンまでつけた妹の美穂がいるという状況では、ボクが自己主張しなければボクはボクとして認めてもらえない。で、「ボク」とよぶことにしたのだが、ボクの前に予備校生の本多が現われて…>(文庫表紙カバーより)
この姉(「ボク」、美奈)によって語られているのは前半の「ボクの憂鬱」。後半の「彼女の思惑」は、視点というか語り手を替えて双子の妹(「私」、美穂)によって語られている。前半後半(の2篇)とも同じ時期のことが書かれているのだけれど、なんていうか、芥川龍之介の「籔の中」のような証言がずれていて面白いみたいな感じではないです。
妹というか美穂の側から言うと、同じ予備校に通う本多くん(本多一臣)と仲良くなって、好きになるのだけれど、本多くんのほうは姉の美奈ちゃんを好きになって。でも、少女漫画にあるような(って本当にあるのか?)恋のライバルどうし、三角関係みたいなことではないらしく、美奈ちゃんであれば喜んで協力する、みたいなことを言っている。でも(ネタバレしてしまうけれど)結局、美奈ちゃんは自分の気持ちに素直に(?)本多くんをふってしまう。――お姉さんの側からすると、最後まで読むとそんなふうに読めるのだけれど、もう社会人(和裁の会社に勤めている)であるし、20歳も近くなっているし、「ボク」という1人称を捨てるか捨てないか、みたいな話でもあるのかな(違うか)。(単行本が翌年に出ている、松村栄子『僕はかくや姫』の表題作って、最後どうなるんだっけ? 女子校に通う高校3年生が主人公の小説。……思い出せないや、「僕」を捨てるんだっけな。)
お姉さんのほうは措いておいて。妹の美穂は、小さい頃から大人しい性格で、受験に失敗したのは緊張のせいらしい(滑り止めでも試験の1ヶ月前からどきどきしてしまうらしい)けれど、浪人中に好きな男の子ができたり、それと絡んで、活発な双子の姉のことを少しまねたりもして(「美奈ちゃん化計画」)、自分に自信をつけるというか、そんなような感じで、結局(これもネタバレしてしまうけれど)大学には無事に合格する、みたいな話かな。現役受験のときには、本命の国立大学を、学校の先生からだいじょうぶと太鼓判を押されていたにもかかわらず、落ちてしまって。そうしたら、先生が家まで謝りに来たらしい(そこまでする教師っているのかな?)。学力的には問題がないわけだし、緊張といっても、精神的な病気まではいっていないわけだから、受かるのも当然は当然かもしれない。ちなみに、現役のときは第1志望には落ちたけれど、滑り止めに受けた私立の大学3つには合格していたらしい。でも、高い授業料とかを考えると、1年浪人して国立のほうが親に負担をかけないと判断して、浪人することに決めたらしい。(たまに見かける、生涯獲得賃金みたいなことを考えて、私立でも現役で入ったほうが得、みたいな計算もあるけどね。ちょっとというか、だいぶ古いけれど、小峰元の小説には1年浪人するといくら損するのか具体的な金額も書かれていたような。)
そういえば、浪人生の女の子が主人公の小説で、1年くらいというか、ちゃんと大学受験+合格発表まで描かれている小説って、これくらいしか読んだことがない気がする。もしかしたら珍しいかもしれない(だとしたらどうして? やっぱり浪人の世界はマッチョな世界なのか、なんなのか)。そう、女の子はやっぱり得だなと思ったのが、本多くんに初めて話しかけられるのは図書館なのだけれど、それ以前に本多くんは予備校で同じ授業のときには近くの席に座っていたらしい。その理由というのが、下心がなくはなかったみたいだけれど、「私」というか美穂が死にそうな顔をしていたから、だそうだ。これが男女逆であればたぶん、ありえないよね? 教室に死にそうな顔をしている男の子がいたら、女の子全員が避けて座りそうだものな。でも、この本多くんがちょっと変わっているのかな、そうでもないか。でも、意外と紳士的な男の子な感じがする、なんていうか、丁寧な話し方とかがつがつ(?)していない感じとか。
あと、浪人生が主人公の小説ではよくあるパターンだけれど、主人公をいやな気持ちにさせる大学生が登場している。高校のときの同級生ですでに大学生になっているいちおうの友達、木本と本屋でばったり会ってしまう。――相手の“攻撃”を見てみようか、
<「でもさ、大学生ってのも、そんないいものじゃないしい。お金かかるしさあ。下手な服じゃあ、恥ずかしくて学校にもいけないしい。大変だしねえ、勉強の方も。つきあいもこなさなきゃいけないし。美穂が羨ましいくらい」>(p.158)
自分が大学生でまだ浪人している元同級生に対して絶対に言っちゃいけないような言葉ってあると思うんだけれど、そのうちのいくつかが見られる感じ。「大学生もいろいろ大変だ」とか、「浪人生がうらやましい」とか。大学生にとってそれが事実や本心であるとしても、言うべき言葉ではないと思う。お金持ちの人が貧乏人に対して「金持ちも楽じゃない、税金を払うのが大変だ」みたいなことを言うのと似ているかな。貧乏な私――冗談抜きで明日の我が身はネット難民かもしれん――なんか、怒るでほんまにおいこらってなもんです。あと、清水義範の「続・イエスタデイ」では、同人誌を作っている浪人中の主人公が、そんなことをしている場合ではないだろう、みたいなことを元同級生から手紙で言わたりしている(言われなくてもわかってるってば!)。でも、美穂はこのあと相手に言い返したり、彼女には大学生になっているもっとまともな友達(宮内由起江)もいたりする。
家があるのってどこかな、ちゃんと読めばわかるかもしれないけれど、作者が堀田あけみだからなんとなく名古屋っぽいのかもしれない。会話には方言は使われていないけれど。作中の年代は、姉パートの始まりで、<女の子が自分を「ボク」と呼ぶのは、十年くらい前の流行だと思う。あの頃は松本ちえこがそういうタイトルの歌、歌ってたものな。>(p.9)と言っているので、(私にはよくわからないけれど)わかる人にはわかるのかもしれない(でも、ふつうに単行本の出版年くらいでいい?)。
+++++++
ぜんぜん関係ないけれど(どうしても書いておきたいことがある)、この感想を書こうとしているときに、コーラの入ったコップを左ひじで思いっきり倒してしまって。床に積んであった文庫本80冊くらい(40冊くらい×2山)が、コーラにまみれてしまって(涙)。しかも、けっこう横からかぶってしまって、ページを開くところとか、だいぶ茶色くなっちゃったよ(あーあ)。まだ読んでいない新刊のものとか、気に入っているものもけっこうあったし、よくある話かもしれないけれど、ひさかたぶりの大ショックな出来事でした。
<ボクは山中美奈、18歳。四人姉妹の三番目。女の子なのに自分のことを「ボク」ってよぶのは、ボクが一卵性双生児の片割れだから。いつも隣に、同じ顔をして同じ服を着てお揃いのリボンまでつけた妹の美穂がいるという状況では、ボクが自己主張しなければボクはボクとして認めてもらえない。で、「ボク」とよぶことにしたのだが、ボクの前に予備校生の本多が現われて…>(文庫表紙カバーより)
この姉(「ボク」、美奈)によって語られているのは前半の「ボクの憂鬱」。後半の「彼女の思惑」は、視点というか語り手を替えて双子の妹(「私」、美穂)によって語られている。前半後半(の2篇)とも同じ時期のことが書かれているのだけれど、なんていうか、芥川龍之介の「籔の中」のような証言がずれていて面白いみたいな感じではないです。
妹というか美穂の側から言うと、同じ予備校に通う本多くん(本多一臣)と仲良くなって、好きになるのだけれど、本多くんのほうは姉の美奈ちゃんを好きになって。でも、少女漫画にあるような(って本当にあるのか?)恋のライバルどうし、三角関係みたいなことではないらしく、美奈ちゃんであれば喜んで協力する、みたいなことを言っている。でも(ネタバレしてしまうけれど)結局、美奈ちゃんは自分の気持ちに素直に(?)本多くんをふってしまう。――お姉さんの側からすると、最後まで読むとそんなふうに読めるのだけれど、もう社会人(和裁の会社に勤めている)であるし、20歳も近くなっているし、「ボク」という1人称を捨てるか捨てないか、みたいな話でもあるのかな(違うか)。(単行本が翌年に出ている、松村栄子『僕はかくや姫』の表題作って、最後どうなるんだっけ? 女子校に通う高校3年生が主人公の小説。……思い出せないや、「僕」を捨てるんだっけな。)
お姉さんのほうは措いておいて。妹の美穂は、小さい頃から大人しい性格で、受験に失敗したのは緊張のせいらしい(滑り止めでも試験の1ヶ月前からどきどきしてしまうらしい)けれど、浪人中に好きな男の子ができたり、それと絡んで、活発な双子の姉のことを少しまねたりもして(「美奈ちゃん化計画」)、自分に自信をつけるというか、そんなような感じで、結局(これもネタバレしてしまうけれど)大学には無事に合格する、みたいな話かな。現役受験のときには、本命の国立大学を、学校の先生からだいじょうぶと太鼓判を押されていたにもかかわらず、落ちてしまって。そうしたら、先生が家まで謝りに来たらしい(そこまでする教師っているのかな?)。学力的には問題がないわけだし、緊張といっても、精神的な病気まではいっていないわけだから、受かるのも当然は当然かもしれない。ちなみに、現役のときは第1志望には落ちたけれど、滑り止めに受けた私立の大学3つには合格していたらしい。でも、高い授業料とかを考えると、1年浪人して国立のほうが親に負担をかけないと判断して、浪人することに決めたらしい。(たまに見かける、生涯獲得賃金みたいなことを考えて、私立でも現役で入ったほうが得、みたいな計算もあるけどね。ちょっとというか、だいぶ古いけれど、小峰元の小説には1年浪人するといくら損するのか具体的な金額も書かれていたような。)
そういえば、浪人生の女の子が主人公の小説で、1年くらいというか、ちゃんと大学受験+合格発表まで描かれている小説って、これくらいしか読んだことがない気がする。もしかしたら珍しいかもしれない(だとしたらどうして? やっぱり浪人の世界はマッチョな世界なのか、なんなのか)。そう、女の子はやっぱり得だなと思ったのが、本多くんに初めて話しかけられるのは図書館なのだけれど、それ以前に本多くんは予備校で同じ授業のときには近くの席に座っていたらしい。その理由というのが、下心がなくはなかったみたいだけれど、「私」というか美穂が死にそうな顔をしていたから、だそうだ。これが男女逆であればたぶん、ありえないよね? 教室に死にそうな顔をしている男の子がいたら、女の子全員が避けて座りそうだものな。でも、この本多くんがちょっと変わっているのかな、そうでもないか。でも、意外と紳士的な男の子な感じがする、なんていうか、丁寧な話し方とかがつがつ(?)していない感じとか。
あと、浪人生が主人公の小説ではよくあるパターンだけれど、主人公をいやな気持ちにさせる大学生が登場している。高校のときの同級生ですでに大学生になっているいちおうの友達、木本と本屋でばったり会ってしまう。――相手の“攻撃”を見てみようか、
<「でもさ、大学生ってのも、そんないいものじゃないしい。お金かかるしさあ。下手な服じゃあ、恥ずかしくて学校にもいけないしい。大変だしねえ、勉強の方も。つきあいもこなさなきゃいけないし。美穂が羨ましいくらい」>(p.158)
自分が大学生でまだ浪人している元同級生に対して絶対に言っちゃいけないような言葉ってあると思うんだけれど、そのうちのいくつかが見られる感じ。「大学生もいろいろ大変だ」とか、「浪人生がうらやましい」とか。大学生にとってそれが事実や本心であるとしても、言うべき言葉ではないと思う。お金持ちの人が貧乏人に対して「金持ちも楽じゃない、税金を払うのが大変だ」みたいなことを言うのと似ているかな。貧乏な私――冗談抜きで明日の我が身はネット難民かもしれん――なんか、怒るでほんまにおいこらってなもんです。あと、清水義範の「続・イエスタデイ」では、同人誌を作っている浪人中の主人公が、そんなことをしている場合ではないだろう、みたいなことを元同級生から手紙で言わたりしている(言われなくてもわかってるってば!)。でも、美穂はこのあと相手に言い返したり、彼女には大学生になっているもっとまともな友達(宮内由起江)もいたりする。
家があるのってどこかな、ちゃんと読めばわかるかもしれないけれど、作者が堀田あけみだからなんとなく名古屋っぽいのかもしれない。会話には方言は使われていないけれど。作中の年代は、姉パートの始まりで、<女の子が自分を「ボク」と呼ぶのは、十年くらい前の流行だと思う。あの頃は松本ちえこがそういうタイトルの歌、歌ってたものな。>(p.9)と言っているので、(私にはよくわからないけれど)わかる人にはわかるのかもしれない(でも、ふつうに単行本の出版年くらいでいい?)。
+++++++
ぜんぜん関係ないけれど(どうしても書いておきたいことがある)、この感想を書こうとしているときに、コーラの入ったコップを左ひじで思いっきり倒してしまって。床に積んであった文庫本80冊くらい(40冊くらい×2山)が、コーラにまみれてしまって(涙)。しかも、けっこう横からかぶってしまって、ページを開くところとか、だいぶ茶色くなっちゃったよ(あーあ)。まだ読んでいない新刊のものとか、気に入っているものもけっこうあったし、よくある話かもしれないけれど、ひさかたぶりの大ショックな出来事でした。
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