角川書店、2002/角川文庫、2005。※毎度毎度書いていますが、以下いちおうネタバレには注意してください。

 <あなたが傍にいてくれるからあたしはとっても幸せ。初めて書いた小説が新人賞を取って、ベストセラーになったのも、あなたが勧めてくれたから。だけどあたしを驚かす、一本の電話がかかってきて――。/大学の先輩だった公人と結婚したあきらは、家ではもちろん、仕事でも成功し、幸せな時間を過ごしていたはずだった。だが、たった一瞬の偶然の出会いがあきらの世界を壊しはじめる。(略)>(文庫カバーより。)

ホラー小説らしい。怖いといえば怖かったかな。人間の心って怖い、というような? 新井素子の小説だと思って読んでいたからいいけれど、例によって独特な感じの回りくどさ(?)がある。あまり関係がないけれど、思うに、ホラー小説って登場人物の心理をずるずると書きたがる女性作家にとって好都合なジャンルであるのかな(そんなこともないか)。視点は基本的に2視点で、旦那依存症のような状態のあきら(本名は沢木明)だけでなく、あるきっかけからあきらに対してストーカー化していく浪人生、裕司(市原裕司)の視点からも描かれている。浪人生小説として読むと、現役のときに落ちた理由と、母親との関係が読みどころかな。というか、どちらも浪人生活とはあまり関係ないか(汗)。

風邪をひいて試験を受けた1度を除いて中学、高校とずっと成績が1番だった裕司が、大学に落ちた理由は、なんと“東京”のせいらしい。――なんじゃそりゃ、な感じだけれど、余裕で合格できると踏んでいて1度も下見をせず、試験前日に上京したところ、まず人の多さに驚いて、次に、どうも異臭がする気がし出して(以前、地下鉄サリン事件があったことも思い出し)いったんそう思い始めると、とまらないというか、新宿のホテルについたときには「気息奄々って状態だった」そうだ。そして寝ているときには、乾燥したホテルの空調でどこかで染されたらしい風邪がこじれて、翌日の朝はラッシュに巻き込まれ、体調が悪いなかで試験を受けて……みたいな、要するに“試験”をあなどったというか、それをきっかけにして不運が重なった感じ。それで、いま――物語が始まるのが5月くらいなのだけれど、裕司は(表向きの理由としては)東京に慣れるために上京してアパートに1人暮らしを予備校に通っている。なので、予備校へはあまり行っていないらしい。まぁ勉強ができる人はそれでいいのかもしれない。

(そういえば、自分が高校3年のときには――予備校生のときにも――、学校で受験の前に受験の心得みたいな話をされて、そのなかにホテルの空調には気をつけよう、といった話があった記憶がある。タオルを濡らして干しておくといいとか、びちゃびちゃにならない程度に床に水をまいておくといいとか。関係ないけれど、勉強をするときに暗ければ、電気スタンドは(ホテルの従業員に)言えば持ってきてくれるから、と言われたことも覚えている。私はいまでもめったに旅行はしないけれど、受験生(特に高校生)のなかにも、泊まりなれしていない人が多いだろうから、いま思えば必要な注意事項なのかもしれない。裕司が通っていたのは「地元では一流とされている県立高校」(p.52)だそうだけれど、そんな話をしてくれる先生はいない(いなかった)のだろうか。)

母親との関係のほうは、要するに母親が子離れできていない感じ。東京の息子に電話をかけて、要件のはっきりしない、エンドレスな“ぐだぐだ”話をする、というか、裕司くんはそれを聞かされている。上京するということは親元から離れるということで、上京浪人生小説では親離れ/子離れが当然、問題になってくることなのかもしれない(東京でのアパート暮らし、いままで1人で生きてきたみたいな小説中浪人生も多いけれど)。前半と後半でおおざっぱには、あきらと裕司の幸運さ、幸せな状態が逆転するのだけれど、裕司が大学に合格したあと、あるきっかけ(たなぼた的な?)から母親の関心が自分から離れて、なんていうか束縛が解かれた感じになっている。大人になる、という点では、大学合格と親離れ(母親の子離れ)のほかに、あと大学生裕司には、彼女もできている(恋愛というのも人を大人にするざんすよね?)。

というか、浪人生小説としては、やっぱり途中で大学に受かっちゃダメだよね。いや、いけないってわけじゃないし、大学に合格して終わりな、ハッピー・エンディングな小説もそれはそれでどうかと思うけれど。どこか本文中で“努力信仰”という言葉が出てきたと思うけれど、個人的には勉強などの“努力”の部分が読みたい……と無意識で思っているのかな、自分でもよくわからないけれど。そのためには勉強が得意な、成績優秀な登場人物が主人公になっていたらあかんよね。たしかに浪人しているというだけでも、主人公にとっては不幸な状態なのかもしれないけれど。そう、ページ半ばにして、途中で大学に受かってしまう浪人生小説も、どちらかといえば女性作家によるものが多いような?(そんなこともないか。とりあえず、三石由起子「ダイアモンドは傷つかない」、乃南アサ『あなた』など参照)。要するに女性にとって大学受験が大人になるための装置(イニシエーション)として機能していないのかなんなのか。
 

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