土屋隆夫って1917年生まれ? 安岡章太郎(1920年生まれ)よりもちょっと上だな。ほかの本にも収録されているかもしれないけれど、手元にあるのは角川文庫から出ている『地獄から来た天使』(1976)。7篇中の2篇目。この小説もあまり期待していなかったせいか、意外と面白かったです。短篇小説だけれど、設定がけっこう細かい感じ。いや、細かいほうが個人的にはありがたいのだけれど、感想というかその設定を説明するのが、文章力のない自分としては、煩雑になってしまうから(涙)。※以下、ネタバレしているのでご注意ください。

冒頭、「おれが伊能正志を殺したのは昨夜のことであるが、(略)」(p.38)と始まっている。「解説」(中島河太郎)で「倒叙形式」と言われているけれど、“倒叙ミステリ”といえば、お約束はやっぱり“完全犯罪失敗もの”? 犯行の動機もシンプルに“復讐”。時間が戻って7年前(というのは昭和35年=1960年のこと)「ある官庁の外郭団体」に勤める「おれ」(鈴木雄吾)は、4月中旬、上司の尾上梅之介(O省からの天下り)から浪人生の甥を預かってくれないかと頼まれ、悩んだものの、出世がちらついたりして預かることに。あ、「おれ」は世田谷に借りている広めの家に妻の郁子(お見合い結婚、結婚5年目)と暮らしている。その甥というのは――引用したほうが早いか。上司の尾上曰く、

 <「[引用注・甥は]T大を二回も失敗している。家は信州の造り酒屋で、二男坊だから跡を継ぐ必要のない男だ。なんとかT大を卒業させて、役所づとめをさせたいと、みんながやっきになっている。去年も、地方の予備校に通わせてみたが、ここでは実力のつかないことがわかった。今年は、上京させて、みっちり、受験勉強をさせたい。しかし、アパートや下宿住まいでは、どうしても生活が不規則になる……」>(p.43)

とのこと。予備校の寮に入れる、という発想はなかったのかな(まぁいいか)。どうでもいいことだけれど、設定として1年目に自宅浪人で、2年目に予備校通いという小説中2浪生は以前見かけたことがあったけれど、1年目に地方の予備校、2年目に東京の予備校、というフィクショナルな浪人生は今回初めて見かけたかな。そう、上の箇所を読むとこの人、2浪目という感じがするけれど(しますよね?)、語り手はあとで浪人生伊能のことを「二十二歳の青年」(p.48)と言っていて、個人的にはちょっと年齢的な疑問が残る感じである(まぁ、高校卒業後しばらくふらふらとしていたとか、理由はどうとでも付けられるか)。伊能くんの風貌は、青白い頬に長い髪、陰鬱な表情で若者らしい生気がない、とのことで(p.46のへん)、伏線になっているにしても、ちょっとステレオタイプな、ある種の浪人生像かな。

家族は、お母さんはいなくて、お兄さんはもう結婚しているっぽい(夫婦で酒造りを手伝っている?)。お金はあるらしい、伊能家には。その実家がある場所はもう少し具体的に書かれていて、浅間山の山麓にあるK町、とのこと。そういえば、姓が違うから「おれ」の上司の尾上(おのえ)は、伊能の母方の伯父さんなのかな? 父方でどこかに婿入りしている可能性もあるか。(この小説とはまったく関係がないけれど、信州でK町といえば――イニシャルが「K」の町なんて複数あるだろうけれど――、先日、水原佐保『青春俳句講座 初桜』(角川書店、2006)という、信州の小諸というところを舞台とした、高校生が主人公となっている日常系の推理小説を読んだばかりで。文章はちょっと拙い感じだけれど、瑞々しい新鮮な感じで、とてもよかったです。浪人生は出てこないけれど、お薦めです。)

ストーリーとしては、要するに伊能が来たことで妻との会話や夫婦の営みが今までのように自由にはできなくなり(笑っちゃいけない)、それをきっかけに夫婦関係がぎくしゃくとし(それが夏くらいの話)、気がついたら伊能と妻が渋谷のホテルで催眠薬を飲んで心中をしていた、みたいな(それが晩秋の)話。奥さんのほうは亡くなって、伊能のほうだけ助かる。そういえば、最初は母性を求めてであれ、浪人生が下宿先の奥さんに手を出すような小説も初めて読んだような気がする(娘さんを好きになったりする小説としては、小池真理子「彼方へ」など参照)。1年くらいすぐに過ぎると思って伊能を住まわせた主人公にとって、その浪人生と奥さんが1ヶ月くらいで心中するまでの関係に発展していた、というのは、皮肉といえば皮肉なのかもしれない。下宿代はもらっていて食事も出していたようだけれど、食事中に主人公と伊能とはどういう会話をしていたのだろうか、そのへんがよくわからない(あ、伊能の部屋に食事を運んでいたという可能性もあるか)。

そう、細かいところに突っ込んでもしかたがないけれど、これも年齢がらみのことで、警察から出張中の主人公への連絡のなかで奥さんが「中年の女性」(p.53)と言われている。35歳の「おれ」よりも5つ歳下である郁子さんはまだ30歳なわけで、なんていうか、失礼しちゃうよね、警察って?(具体的には「渋谷署」の誰かだな)。で、冒頭で予告されているとおり、7年後、殺害には成功するのだけれど、最後にもうひとひねり、主人公が驚くような展開がある、みたいなオチ。とりあえず完全犯罪はうまくいかない、というのは、この手の小説としてはパターンだけれど。(そのオチというかは、この前、読んだ小川勝己「老人と膿」にちょっと似ているかな。思い出してみればあれも、ぜんぜん気にせずに読んでいたけれど、倒叙ミステリ? “完全犯罪”な感じではないけれど、あちらは最後、成功して終わっている。)

こういう小説は、思うに長篇小説であれば、同じ復讐譚であっても、もっとじわじわと殺害にいたったりするのかな? 例えば策を練りに練って、まず、奥さんとの仲を裂いて(7年後の伊能は結婚している)、会社も首にさせて、殺害方法ももっと苦痛を味あわせるような残忍な方法で、とか。←なんかベタベタな想像力でもうしわけない(汗)。それはともかくとして、浪人生小説としては――、そう、心中自体がちょっと珍しいかな。ただ、心中といっても、自殺に近い感じなのかもしれない。視点が浪人生にあるわけではないので、よくわからないけれど、2人の遺書を読んだ語り手の「おれ」は、「(略)T大合格への自信を喪失した伊能が、周囲の期待と非常な激励に突きのめされて、郁子へ傾いていったことだけは理解できる」(p.56)と述べている。自信喪失&プレッシャー? 自信喪失というのは結果を悲観して(合格が無理だと思い込んで)、ということ? 上京して新しい予備校に通い出しても、受験勉強がはかどるようにはならなかったのだろうか、この人。
 

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