遠藤周作 『灯のうるむ頃』
2008年5月28日 読書文庫は講談社文庫(遠藤周作文庫?)と角川文庫があるっぽいけれど、地元の古本屋(ブックオフを含む)で探しても見つからず。単行本は最初『浮世風呂』というタイトルで1964年に講談社から出ているようだけれど(これも探しても見つからず)、図書館から借りてきて今、手もとにあるのは、そのタイトルで、奥付に「昭和四二年四月二五日 第一刷発行」と書かれたソフトカバーのもの。なんていうか、それほど“人情もの”っぽくないとは思うけれど、でも、けっこうしみじみしてしまうというか。特に読み終わったときに。あと、いくつかの偶然による人のつながりとかは、ちょっと漫画っぽいかなと思う。※以下、内容にまでかなり踏み込んでいますので、まだ読まれていない方はご注意ください。
お父さん牛田善之進は、学会などとは無縁に自分の研究所(とは名ばかりのバラック小屋)で血液に注目して、癌の研究を地味に続けている気の弱い初老の町医者。そんな彼には昔、医学生のころ下宿の近所から聞こえてきたピアノの音がきっかけで憧れていた女性がいて(なんかベタな感じだけれど)、でも、その人(名前は節子)はあとで(ネタバレしてしまうけれど)善之進が卒業前に送られた大学病院で、上下関係に厳しい医学界、絶対に服従しなければならない皮肉屋の助手・加納の婚約者であるらしいことがわかる。要するに失恋の記憶というか。一方、浪人生である息子の龍馬は、占い師から何かいいことがあると言われた日にもかかわらず、駿河台にある学校からの帰りに道で体がぶつかった学生に殴られてしまい、でも、通りがかった犬を連れた女の子から血を拭くようにハンカチを渡されて、みたいな…(これもベタですね)。そんな龍馬が予備校の友達、knife(ナイフ)を「クニフェ」と読んでしまうくらいおバカな、でも人がよくて憎めない感じのおぼっちゃん、バク顔の安川に頼まれて、パーティーで見かけて好きになったと言う女の子を探しに一緒に、通っている学校(パーティーのときに着ていた制服から判明)へ行ってみると、その子はなんと(?)龍馬にハンカチを渡してくれたあの女の子のことで…(名前は加納百合子)。でもだけど、なんだかんだで(これもネタバレしてしまうか)もちろん自分も好きになっているのだけれど、安川には言えず言わず、結局、その子を譲ってしまう感じに…。というか、あいかわらず内容紹介が下手だな、自分(涙)。
これも小説の最後のほうのことを書くことになってしてしまうけれど、(浪人生小説の古典、久米正雄「受験生の手記」と同じく)ダブル・パンチというか、2浪であるらしい龍馬くんは、東京大学(文科だっけ?)を受けて1次試験には合格するものの、2次試験には合格しない、すなわち恋だけでなく大学受験にも失敗してしまう。あ、でも、この浪人生はそれほど恋愛に(精神的にも)邪魔されることなく、「三当四落」とか言ってけっこう勉強しているのだけれど。うーん、いったい何が敗因だったのかな? 小説的には蛙の子は蛙というか、人が生まれながらにして持っている運命(安川くんとの違い参照)みたいなことが言いたいのかもしれないけれど。ま、常識的にはたんに東京大学の壁はやっぱり高い、みたいな理由もあるのかもしれない(主人公が東大にすんなり合格して終わる“受験生小説”って何かあったっけ? ……記憶にないな)。あと、お父さんのほうも(これもネタというか最後のほうに触れることになるけれど)やっとこさ開発した癌の治療薬に関して、学会というか大学教授たちを前にした説明で、息子と同じく落第のような、悲惨な結果になっている。要するにこの小説をひと言でまとめれば、蛙の子は蛙、男はだまって負けるが勝ち、みたいな?(後者は違うか)。このお父さん、そもそも家族(息子のほかに奥さんの滝子と高校生の娘、真弓がいる)の中で権威がない感じで、今風というか、とりあえず受験生の息子に対して、ぜったいに大学に入れよ、みたいな強制的な感じがなくて、その意味ではよいかもしれない。
そう、同じ作者の『ただいま浪人』よりも、この『浮世風呂』(=『灯のうるむ頃』)のほうが好きかもしれないな、個人的には。ちょっとほのぼのしているというか、あまり人が死なないからかな。癌に侵されて亡くなった患者の話は出てくるけれど、(これもネタバレごめんです)現在の患者の杉山さんは間に合ったというか、投薬のおかげでちょっと快復しているし、本当の理由は闇の中だけれど、癌の疑いがあった加納お父さん(加納卓郎)も死なずに生きているし。
(どうでもいいことだけれど、表札がどうのとどこかにちらっと書かれていたと思う。ということは、1960年代からいたんだろうね、表札泥棒受験生。この受験文化(?)は、でも、80年代くらいになって廃れちゃったのかな、90年代になるとまったく忘れられてしまった感が?)
++++++++++
[追記]上の文章を書いたあとで古本屋に行ったら角川文庫版(1979年)が手に入りました。表紙カバー折り返しのところに書かれている宣伝文句というかコピーというかは次のとおり。
<東京の小さなS医専を出て、学界とも無縁に、町の片隅で一人ひっそりと癌の研究を続ける老医師牛田善之進。浪人で受験勉強にあけくれながらも、異性への想いに身を焦がす息子龍馬。だが、癌の研究成果を学界に発表しようとする父親の前には閉鎖的な学閥の壁が……。そして龍馬の前にかたく閉ざされた大学の門。/医学に、愛に、そして受験にと挫折を繰り返しながらも、自らの悲しみを胸に秘めて懸命に生きていく父子の姿を哀歓をこめて描く傑作長篇。>
お父さん牛田善之進は、学会などとは無縁に自分の研究所(とは名ばかりのバラック小屋)で血液に注目して、癌の研究を地味に続けている気の弱い初老の町医者。そんな彼には昔、医学生のころ下宿の近所から聞こえてきたピアノの音がきっかけで憧れていた女性がいて(なんかベタな感じだけれど)、でも、その人(名前は節子)はあとで(ネタバレしてしまうけれど)善之進が卒業前に送られた大学病院で、上下関係に厳しい医学界、絶対に服従しなければならない皮肉屋の助手・加納の婚約者であるらしいことがわかる。要するに失恋の記憶というか。一方、浪人生である息子の龍馬は、占い師から何かいいことがあると言われた日にもかかわらず、駿河台にある学校からの帰りに道で体がぶつかった学生に殴られてしまい、でも、通りがかった犬を連れた女の子から血を拭くようにハンカチを渡されて、みたいな…(これもベタですね)。そんな龍馬が予備校の友達、knife(ナイフ)を「クニフェ」と読んでしまうくらいおバカな、でも人がよくて憎めない感じのおぼっちゃん、バク顔の安川に頼まれて、パーティーで見かけて好きになったと言う女の子を探しに一緒に、通っている学校(パーティーのときに着ていた制服から判明)へ行ってみると、その子はなんと(?)龍馬にハンカチを渡してくれたあの女の子のことで…(名前は加納百合子)。でもだけど、なんだかんだで(これもネタバレしてしまうか)もちろん自分も好きになっているのだけれど、安川には言えず言わず、結局、その子を譲ってしまう感じに…。というか、あいかわらず内容紹介が下手だな、自分(涙)。
これも小説の最後のほうのことを書くことになってしてしまうけれど、(浪人生小説の古典、久米正雄「受験生の手記」と同じく)ダブル・パンチというか、2浪であるらしい龍馬くんは、東京大学(文科だっけ?)を受けて1次試験には合格するものの、2次試験には合格しない、すなわち恋だけでなく大学受験にも失敗してしまう。あ、でも、この浪人生はそれほど恋愛に(精神的にも)邪魔されることなく、「三当四落」とか言ってけっこう勉強しているのだけれど。うーん、いったい何が敗因だったのかな? 小説的には蛙の子は蛙というか、人が生まれながらにして持っている運命(安川くんとの違い参照)みたいなことが言いたいのかもしれないけれど。ま、常識的にはたんに東京大学の壁はやっぱり高い、みたいな理由もあるのかもしれない(主人公が東大にすんなり合格して終わる“受験生小説”って何かあったっけ? ……記憶にないな)。あと、お父さんのほうも(これもネタというか最後のほうに触れることになるけれど)やっとこさ開発した癌の治療薬に関して、学会というか大学教授たちを前にした説明で、息子と同じく落第のような、悲惨な結果になっている。要するにこの小説をひと言でまとめれば、蛙の子は蛙、男はだまって負けるが勝ち、みたいな?(後者は違うか)。このお父さん、そもそも家族(息子のほかに奥さんの滝子と高校生の娘、真弓がいる)の中で権威がない感じで、今風というか、とりあえず受験生の息子に対して、ぜったいに大学に入れよ、みたいな強制的な感じがなくて、その意味ではよいかもしれない。
そう、同じ作者の『ただいま浪人』よりも、この『浮世風呂』(=『灯のうるむ頃』)のほうが好きかもしれないな、個人的には。ちょっとほのぼのしているというか、あまり人が死なないからかな。癌に侵されて亡くなった患者の話は出てくるけれど、(これもネタバレごめんです)現在の患者の杉山さんは間に合ったというか、投薬のおかげでちょっと快復しているし、本当の理由は闇の中だけれど、癌の疑いがあった加納お父さん(加納卓郎)も死なずに生きているし。
(どうでもいいことだけれど、表札がどうのとどこかにちらっと書かれていたと思う。ということは、1960年代からいたんだろうね、表札泥棒受験生。この受験文化(?)は、でも、80年代くらいになって廃れちゃったのかな、90年代になるとまったく忘れられてしまった感が?)
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[追記]上の文章を書いたあとで古本屋に行ったら角川文庫版(1979年)が手に入りました。表紙カバー折り返しのところに書かれている宣伝文句というかコピーというかは次のとおり。
<東京の小さなS医専を出て、学界とも無縁に、町の片隅で一人ひっそりと癌の研究を続ける老医師牛田善之進。浪人で受験勉強にあけくれながらも、異性への想いに身を焦がす息子龍馬。だが、癌の研究成果を学界に発表しようとする父親の前には閉鎖的な学閥の壁が……。そして龍馬の前にかたく閉ざされた大学の門。/医学に、愛に、そして受験にと挫折を繰り返しながらも、自らの悲しみを胸に秘めて懸命に生きていく父子の姿を哀歓をこめて描く傑作長篇。>
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