集英社、1999/集英社文庫、2002。単行本が出たときに1度読んでいて、今回久しぶりに再読。“元浪人生殺人犯もの”というか。※以下、ネタバレ注意です。すみません。いちおうミステリーらしい。ミステリーというか、雑に言ってよければむしろ、メタフィクション(小説についての小説)という感じかもしれない。

 <24歳のOLが、アパートで殺された。猟奇的犯行に世間は震えあがる。この殺人をめぐる犯罪記録、週刊誌報道、手記、供述調書……ひとり記憶喪失の男が「治療」としてこれら様々な文書を読まされて行く。果たして彼は記憶を取り戻せるのだろうか。そして事件の真相は? 言葉を使えば使うほど謎が深まり、闇が濃くなる――言葉は本当に真実を伝えられるのか?! 名人級の技巧を駆使して大命題に挑む、スリリングな超異色ミステリー。>(文庫カバーより)

「私」は「私」が「治療師」と呼ぶ男から「治療」と称して様々な文章を読まされる。「私」が読まされるだけでなく、読者も読まされるわけだけれど、それらはある1つの事件――井口克巳という22歳の大学生(といっても不登校、「海南経済大学」)が、藤内真奈美という24歳の会社員(事務用文具メーカー「TOKO事務機株式会社」)を殺害して、その局部を切り取って持ち去ったという事件――に関するものであることがわかる。

父親が歯科医(開業している)で、その期待に応えられず、大学は2浪して、無名の(?)私立大学へ、しかも半年くらいで通わなくなってしまう。医学部志望でもそうだけれど、志望者がみんながみんな、医者や歯医者になれるわけではないだろうから(cf.山崎マキコ『さよなら、スナフキン』)、なれないとわかった時点ではどう別の方向を見つければいいのかな? うーん…。何かフォローするような機関があってもいいような…。小学校、中学校、高校と、将来の夢を持つことはいいことだ、みたいな、おめでたい教育もなんとかしないといけないかもしれないけれど。あ、でも、いまは職業体験みたいなものもちゃんとあるか。体験してみてから選べる? ――家業を継がなくてはいけない人、継ぎたい人はあまり関係がないか。あ、継げないかもしれないから関係あるのか。

高校が同じで予備校のとき(1浪のとき)井口克巳と一緒だった吉川浩介くんの発言(作家の中澤博久がまとめた「取材記録」のなかの発言)が、なんていうか、それはちょっと言い過ぎではという感じが…。

 <ええ。それで、[(引用者注)その週刊誌の記者は]浪人の時はどうだってきくから、浪人中は誰だって暗い気分で、少しは精神おかしくなってますよ、と言ったんです。/だからむしろおれとしては、浪人中にマトモな人間はいませんよ、ということを言ったんです。/誰だって、みんな変ですよ。自分はダメな人間だ、っていう気がして、ひとと話なんかしたくないし。/(略)>(p.150)

気持ちはわかるけれど、「誰だって…」というのはちょっと言い過ぎだろう。というか、この小説、犯人の犯行動機がわからないというより、わかりたくないみたいな感じで、それをどんどん遠ざけていくような感じになっているかもしれない。具体的には(?)「~という感情を持っているのは犯人(容疑者)にかぎらない」「~という環境に置かれているのは犯人にかぎらない」、さらに「~だからといって、誰もが犯人のように人を殺すとはかぎらない」という形で、井口克巳が誰からも理解されない地点にまで特殊化されてしまう、というか。……それはともかく。

兄に代わって歯学部に入るのか入らないのか、高校2年生の弟、冬樹によれば(これは中澤が先輩作家の須藤陽太郎に送った手紙のなかに書かれていること)、兄の克巳が変わったのは、最初の受験に失敗したころかららしい。家族との会話がほとんどなくなって、自分の部屋に母親が入るとなぐったりもしたらしい。――歯学部に入るには1浪くらいしかたがない、みたいなことを、本人もお父さんも考えていなかったのかな? うーん…。

あと、「供述調書」という公的な文書のなかでも、小中学校、高校、大学の名前は書かれているのに、予備校の名前が書かれていない。あ、でも、履歴書とかでもそうか。ふつう浪人していたときのことは飛ばして書く、かな。あ、同じ供述調書で、井口が、大学を不登校になった理由について語っているくだりで、<二浪していますので、同学年の学生が年下で、話が合わず、友人ができなかったのも原因のひとつです。>(p.220)と言っている。自分(2浪です)もそうだったというか、20歳前後で2年の違いというのはけっこう大きいよね(そうでもない?)。誰かが書いていたと思うけれど、1浪して大学に入っても、現役合格の人たちが幼く感じたりするらしい。大学に落ちた挫折感やら1年余分な孤独な(?)勉強やらが、人を年齢以上に成長させてしまうのか、なんなのか。
 

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