新潮文庫、2000。ほかになに篇があるの? わからないけれど(あとで検索しておかないと)これが高校1年生篇だから卒業までにあと2冊?

 <神様おねがい! アイツの隣に席替えしたいの……。時は1970年、よど号がハイジャックされるわ、大阪で万博は始まるわ、ジミ・ヘンは死ぬわで、もう大変!だったあの頃も今も、高校生の願いは変わらない。深夜放送に眠い目をこすり、創刊されたアンアンを読みながら大福の誘惑に涙を浮かべるちょっと太めのロック少女タヤマシゲミが、文庫書下ろし小説に登場!>(カバー背のところより)

「都立高校」といってもいろいろあるんだね(当たり前か)、ここはみんなあまり勉強をしていないらしい、のんびりとした高校。「恋愛の桃耳」とか言われているらしい。「私」は新しく作られた「地理歴史研究部」に入ることになって、放課後とかはその部室でみんなとお茶を飲みながらお菓子を食べたり、な日々。そこにある日、タチバナさんという卒業生――東京医科歯科大学を目指す2浪生――が現れる。この部屋はもともと落研が使っていた場所だという。

 <(略)桃耳高校から医学部に入るなんて、ほとんど奇跡に近いことだと、入学して間もない私たちでさえ気がついていた。二年どころか五年計画でないと無理だろう。(略)>(p.98)

すでに5浪まで決定? ご愁傷様です(?)。この卒業生はもう1度、今度は文化祭の前に現れて、部室にいる人の前で落語をしてみせるのだけれど、みんなから首をかしげられる、みたいな微妙な反応をされて、しょげて帰る、みたいなことに。で、帰ったあとはけっこうな言われ放題?

 <「でも、下手に下手とはいえないですよ」/(略)/「あーあ、かわいそ。これじゃ来年もだめかもしれないなあ」/私たちはタチバナさんに未来がないような気がした。>(p.151)

引用がちょっと強引かな。でも、どうして落語が受けなかっただけで、大学まで落ちなければいけないの? 言われすぎ、かわいそすぎる(汗)。あまり関係がないけれど、一般に、現役受験生(高校生)は浪人生に対して冷たい、と思うのだけれど(できれば想像を避けたい否定的な明日の我が身?)、その浪人生が自分の高校の先輩であったりすると、抱くのは、憎しみや敵愾心みたいなものではなく、同情とか憐憫みたいなものになる、のかな。嫌いな先輩なら話は別かもしれないけれど。いずれにしても、この小説では、大学受験からはまだ遠い高校1年生ばかりが居合わせているから、あまり関係がない。

そう、最初のへん、高校受験のことから書かれているのだけれど、私はこの小説を読んで初めて、東京都の「学校群制度」というのがどういうもなのか、ちょっとわかった気がした。すぐに忘れちゃいそうだけれど(汗)。あと、浪人がらみのことでは、中学3年のときのこと、「私」は庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』――主人公の薫くんは“永遠の浪人生”と言われることが多いけれど、個人的には浪人生であるとは思っていないので、“名誉浪人生”とでも呼んでおきたい――を友達に貸したまま返されず(また貸しまた貸しで行方知れずに)諦めてもう1冊買ったらしい。あ、タチバナさんって薫くんと同じ学年だな、たぶん。1970年で2浪ということは、1969年には1浪。

([追記]続きは「放課後ハードロック!篇」の1冊のみ。高校2・3年生篇。)
 

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