山川健一 「鏡の中のガラスの船」
2010年6月17日 読書
同名書(講談社、1981/講談社文庫、1987)所収、2篇中の1篇目。この小説も意味がわからなかったです(涙)。もう文学系(純文学系)の小説を読むのはやめようかな…。主人公は最近大学には行っていないけれど、J大の学生の「僕」(杉本浩一)。時代は1972年ことらしい、J大ではM評議会によるリンチ殺人が起こったばかり。ロックバンドのメンバー2人(山本、吉田)はブラジルに行ってしまい、同棲していた彼女(律子)もアパートを出て行ってしまっていて、「僕」はいまはアルバイトもしないで、谷中遊園地で本を読んだりしている。そこで出会うのが(あとでキーパーソンにもなる)ライオンの檻の前で絵を描いている少女(ナカノ・ルミコ=中野留美子、18歳)。「音楽の高校」を卒業していて、音大に進学するか迷っているという。浪人生ではなくて(小説にはよくある?)浪人未満な存在というか。――読書量の少ない自分としては、やっぱり村上春樹を思い出してしまったけれど、それは時代的な(空気の)せいかな。
作者は1953年生まれ、千葉県出身。1972年には大学(早稲田と慶応の文学部)に落ちて浪人している(途中から田端のアパートでひとり暮らし、予備校には通っていなかったっぽい、アルバイトはしている)。翌年、早稲田の商学部と同志社の文学部に受かって前者に入学。詳しいことは、エッセイ集『みんな十九歳だった』(講談社文庫)や、1972年(~1973年)の日記、自筆年譜が収録されている『ぼくは小さな赤い鶏』(三椎社・講談社)など参照です。
作者は1953年生まれ、千葉県出身。1972年には大学(早稲田と慶応の文学部)に落ちて浪人している(途中から田端のアパートでひとり暮らし、予備校には通っていなかったっぽい、アルバイトはしている)。翌年、早稲田の商学部と同志社の文学部に受かって前者に入学。詳しいことは、エッセイ集『みんな十九歳だった』(講談社文庫)や、1972年(~1973年)の日記、自筆年譜が収録されている『ぼくは小さな赤い鶏』(三椎社・講談社)など参照です。
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