『他人の血』(講談社、1979/講談社文庫、1982)所収、10篇中の3篇目。「臍(へそ)」というより「臍の緒」か。面白かったといえば面白かったです。文庫カバーの後ろに<セクシャル・ブラック・ユーモア>とあるけれど、私は小説を読んでいるとき、頭の中で実写で想像していることが多いので、(とりあえずこの1篇は)かなり怖かったです(汗)。「ブラック」というよりホラーな?

マンションの12階でひと目を避けて暮らす女彫金師。彼女は実は、17年間妊娠している。「妊娠」というか、お腹のなかにいま16、7歳になる子ども(泰二)がいる。当時、高校3年生の彼女をはらませたのは(強姦したのは)、上京して彼女の家(中野駅近くの打越町)から予備校に通っていたいとこ。県立病院(長野)の内科医長の息子。――冗長的な文体だから引用すると長くなっちゃうけれど、

 <(略)この若者がまことにいい加減な出来損い野郎だった。彼は医科大学を受験するつもりで上京してきたのだが、金を積めばどんな劣悪な成績をとっても医学生になれる愛知医大のような便利のいい学校がまだ出来ていなかったので、受験した三つの医科大学を三つとも滑ってしまった。そこで彼は打越町に腰を据えて予備校へ通うことになったが、ある初夏の夜、彼はまだお医者さんの卵にもなっていないくせに(略)>(p.57)

という感じ。つかこうへい『弟よ!』の弟が通っている「豊橋医科歯科大学」というのは、この愛知医大がモデル? ――それはともかく。ちょっと面白いのはこの「出来損い」=子どもの父親が、17年後の現在、再び登場してくることかな。5年間予備校に通っても結局、医学部(医科大学)には受からず、いまは医師の国家試験を受ける人向けの予備校(「東京医学ゼミナール」)を経営しているという。きっかけは(通っていた)予備校の経営者と仲良くなったことらしい。――ありそうといえばありそうな人生?(うーん…)。例えばこれ以上浪人できないから、とりあえず望まない大学に入学して、すぐに家庭教師や塾講師を始めて、生徒に怪しげな受験テクニック(?)を教える……みたいなことならありそうかな。夢破れたお父さんが息子に夢を託す、みたいな?

そう、作中年は同時代? この1篇の初出は、本の後ろのほうによれば、<小説現代Gen昭和52年盛夏号>(p.270)とのこと。昭和52年(1977年)から17年を引けば、1960年。それくらいの時代の浪人生ということになるのかもしれない。(あ、本文中で「浪人」という言葉は使われていないっぽい。収録されている別の短篇には、使われているけれど。)
 

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