短めの短篇小説。手もとにあるのは、小学館から出ている『昭和文学全集』の第14巻(1988年)、そのpp.606-15(3段組)。初出は『新潮』1982年7月号らしい。よくわからないけれど、単行本では『遠い地平』(新潮社、1983)に収録されているようだ。

40数年前、20歳のときの話。札幌の学校を3年生のとき事実上退学させられ、兄を頼って上京。受験勉強をしなおすために2つの予備校――研数学館と駿台予備校へ行って、入会案内をもらう。<さすがに名の通った予備校らしく、どちらも何階建てかの堂々たる鉄筋コンクリートの建物であったが、私の眼には牢獄のように見えた。>(p.610・上)。そのあと、見つけた喫茶店に入ると、たまたま壁に「ロシヤ語講習会」@文化学院の案内のポスターが貼られていて、そちらに行くことに。兄には、<予備校へ行かなくても、受験勉強くらい下宿でもやれるし、やるつもりだ>と答えたらしい。……内容紹介はこれくらいで(汗)。

具体的に何年の話だっけ? 本の後ろに付いている作者の年譜を見たほうが早いか。えーと…、昭和6年(1931年)であるらしい。人にもよるだろうけれど、昭和初期はやっぱり左傾な傾向にあるよね…。あいかわらず歴史に疎すぎて私にはよくわからないけれど。(高校のときは2年から理系クラスで、社会は世界史しか勉強していない。しかも、受験に必要な科目のなかでは、その世界史がいちばん苦手だった。中学校のときに社会の授業で習ったことも、もうすっかり忘れている。)あと、当たり前かもしれないけれど、現在よりも語学と文学とが密接な関係(というかほぼイコールな関係)にあるな、と思ったりした。あ、思想もか。

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
あまり関係ないけれど、2つの予備校の校舎といえば、坪内祐三『東京』(写真・北島敬三、太田出版、2008)という本に次のような箇所がある。

 <白山通りにあった予備校研数学館が大正大学に買い取られたのはいつのことだろう。/私が浪人生時代、研数学館は、駿台や代ゼミや河合塾に比べて、二流の予備校の感じがしたが、戦前(いや戦後のある時期まで)は超一流の予備校だったという(例えばちくま文庫の『表層批評宣言』の巻末に載っている蓮實重彦の「自筆年譜」の昭和三十年の項に、「四月、東大の受験に失敗し、一年間、研数学館の数学コースに通う」とある)。/東京大空襲でも焼け残った戦前からの雰囲気あるたたずまいはかつてのその伝統を感じさせてくれた。/駿河台予備校のまったく味気ない校舎よりも私は研数学館の建物の方がずっと好きだった。>(p.330、「神保町」)

「例えば」が「例えば」になっていないけれど、それはともかく。著者がS台に通っていたのは、1977年(昭和52年)のこと。批評家だけでなく、昭和30年(1955年)前後に予備校に通いながら大学を目指していた小説家はけっこういるのだけれど、それもまぁそれとして。S台の校舎は、現在では御茶ノ水駅近くにばらばらとたくさんあって、↑の(味気ない校舎)はどれのことを指しているのか(いまでも存在しているのか)私にはわからない。

この前(といってもけっこう前か)、雑誌『考える人』2010年夏号をぱらぱらと見ていたら(特集が「村上春樹ロングインタビュー」とのことで本当に久しぶりに買ってみたよ、この雑誌)、ゆくゆく単行本化されると思うけれど、黒川創「きれいな風貌 西村伊作伝」という連載記事の、今回=「【第九回】悔いなき生活」(pp.242-52)という記事のなかで、あのあたり(?)が<東京大空襲でも焼け残った>理由について書かれていた。半分くらい孫引きになってしまうけれど、

 <なお、戦争中に外務省情報部ラジオ室から転出して、この「日の丸アワー」の制作責任者(参謀本部嘱託)をつとめた池田徳眞によると、相次ぐ東京空襲下、神田界隈で、ここ駿河台一円だけが焼け残ったのには理由があったという。「それは後で分かるのだが、駿河台分室〔注・文化学院校舎のこと〕に俘虜を収容していることはアメリカ側も知っていたから、東京の爆撃に来たB29の東京の地図には、駿河台だけ赤く染めてあって、爆撃しないように命令が出ていたのである。」(池田徳眞『日の丸アワー』)>(p.246・中、「注」は原注)

とのこと。もちろん初めて知ったことだし、とても面白い…と言ったらいけないか、とても興味深いというか。「一円」には、研数学館も入るの?(地方在住者なので東京のことがよくわからん(涙))。少なくともS台(の当時の校舎)が焼けなかったのは、文化学院がらみのおかげというか?(ちなみに、空襲をまぬがれた建物に関しては、“浪人生小説”では――小説としてあまり面白くないかもしれないけれど、田中文雄『猫路』など参照です)。
 

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