角田光代「カリソメ」
『福袋』(河出書房新社、2008/河出文庫、2010)所収、8篇中の6篇目。角田光代のほかの小説でもそうだけれど、この小説でも、主人公にぜんぜん共感ができなくて。内容については、私が下手な説明をするよりも、文庫カバー(後ろ)のところを引用したほうが早い。<(略)。家を出ていった夫の同窓会に、代理出席した離婚間近の妻。そこで知った夫の過去とは!? 自分の心や人生の“ブラックボックス”を思わず開けてしまった人々を描く、八つの連作小説集。>とのこと。裏のない表は表ではないし(表のない裏は裏ではないし)その時点で表と裏という区別が消滅して――そんなことはどうでもいい。主人公というか視点人物は、会社員の翠(いくつ? すぐには見つからないな…、あ、5年前に28歳と言っているから33歳くらい)。同窓会は大学時代のもので、夫(=水谷友彦、奥さんよりも2つ歳上、職業が作中でブレている?)は、大学4年間、東大を目指して“仮面浪人”をしていたことがわかったりする。

 <「仮面浪人って、すごい言葉よね」/ひとりが笑いながら言うと、みなどこか遠慮しながらも、しかし次々に口を開いた。/「自分で言うのがすごいよな」/(略)>(p.157)

確かにすごい言葉かも。私が最初に耳にしたのは(高校生のときではなくて)浪人中、予備校に通っていたときで、どういう話の流れだったか忘れたけれど、それを口にした相手(予備校の同じクラスの誰かだったと思う)に、思わず「何それ?」と聞き返してしまった覚えがある。関係ないけれど、逆の言葉ってなんだろうね? 「素顔浪人」? 「素浪人」…は違うか。「真顔浪人」「すっぴん浪人」「素面(しらふ)浪人」…違うよな(汗)。そもそも「仮面浪人」ってどういう意味? 大学生という仮面を着けているけれど、その下は浪人生みたいな? これって、例えば「仮面夫婦」という言葉とは「仮面」の意味が逆だよね(cf.「仮面大学生」)。――それはともかく、この人、「代返王」であったにしても、よく留年せずに4年間で卒業できたな、レポートも試験もあっただろうし。現実問題(?)、浪人カミングアウト(=来年以降、他大学を受ける宣言)をした時点で、ほかの同級生たちは代返の協力をしてくれなくなりそう気もする。かなり愛されるキャラクターだったのかな? でも、一般論として思うに、世の中(私もそうかもしれないけれど)「いまの自分は本当の自分じゃない」と言い続ける人ってかなり多くない? (勤めている会社を「すぐに辞めたい」「もう辞める」と言っていた高校のときの同級生と、たまたま約5年後に再会したら、まだ同じ会社でふつうに仕事をしているらしくてびっくり、みたいな。)

唯野未歩子「ばら色の、ばら」
連作短篇集『きみと澄むこと』(新潮社、2010)所収、8篇中の4篇目。この4篇目までしか読めていないけれど、全体的にどこが面白いのやらさっぱり…。ちょっと気になったのは、物を指す言葉とかの“列挙”が多いことかな。2篇目なんて、タイトルからして「無印良人」だし。1篇目では箱庭うんぬんと言っているし、ものものしい感じ(?)が内容と合っているのだろうけれど。透明感があったり、色づかい(?)とか、趣味はいいと思うけれど、個人的に、そもそもなんていうか商品的な物質主義、みたいなものが好きではなくて。あと、このブログでは繰り返し書いているけれど、“頭の中身小説”みたいなものがどうもここ数年、苦手な感じで……言い訳か(涙)。――4篇目の「俺」(幼なじみの女性からは「曜ちゃん」と呼ばれている)は、10年以上前の話、美術大学(日本画科)に入学するまでに2浪している。

永井するみ「瑠璃光寺」
北村薫・宮部みゆき選『推理短篇六佳撰』(創元推理文庫、1995)の4篇目に収録されているもの。事件が起こってロジカルに解決、みたいな推理小説ではなくて、ちょっと心理サスペンスみたいな感じ? ひと言でいえば“魔性の女もの”というか。意外と読みやすかったな。香月亮(こうづき・りょう)は、隅田川を走る船の上から女性が転落したのを目にする。で、2週間後、上野での同僚たちとのお花見の帰り、高校時代からの友人・桂木笙(かつらぎ・しょう)が出展している日本画の展覧会に立ち寄ると、その女性=澄江(すみえ)がいて…。澄江の夫は、画家である佐湖雅道(さこ・まさみち)で、2人の間には娘が1人いる(名前はみどり)。タイトル(読み方は「るりこうじ」)は、桂木が出展していた(描いた)絵で、そのもと(お寺)は山口市にあって――そんなことはどうでもいいか。

 <友人の桂木は高校を出た後、四浪して芸大に潜り込み、未だに何年目かの大学院生生活を続けている。高校時代から専ら興味は電気系統のことばかりで、迷わず工学部へ進んだ亮と、高校も出席日数ぎりぎりしか出てこずにひたすら絵筆を握り続けた桂木との付き合いは、本人達が予想していた以上に長く、つつがなく続いてきた。>(p.174)

特別な理由がないかぎり浪人は3浪が上限(限界)だと私は思っているのだけれど、4浪しちゃっているよね、この人。芸大(東京芸大)とか東大とかなら4浪くらいしてもいい、と思わないこともないけれど、やっぱり就職が困るだろうしね(年齢に関してなら、留年の場合でも同じだろうけれど)。よく知らないないけれど、大学院に逃げるというのも1つの方法?(それって問題の先送り?)。でも、この人、学校をさぼって絵ばかり描いていたのなら、実技試験はかなり得意だったのかな?(それでも4浪?)。

奥泉光「三つ目の鯰」
『石の来歴』(文藝春秋、1994/文春文庫、1997)所収、2篇中の2篇目。表題作も面白かったけれど、このカップリング作もふつうに面白かったです。この作者、やっぱりストーリー・テラーだよね、物語性が高い。でも、そのせいか、逆に“だじゃれ”が少ない感じかな。室井光広とか多和田葉子とか、笙野頼子とかと比べると、言葉が(懐疑の対象などではなく)物語の道具と化しているような? あと、そう、舞台を取り囲んでいる“自然”がしっかりしていて、そうなると内容のほうも安定するよね?(そんなこともないかな…。NHKの朝ドラのナレーションが年配の人であると、ヒロインに多少不幸なことが起っても安心して見ていられる、みたいなことと同じ?)。――「ぼく」は大学生で、卒論がどうこう言っているから、えーと、4年生?(ちゃんと読み直さないとわからないな)。

 <ぼくがミッション系の大学に入ったのは、たまたま試験を受けてみたら合格したからにすぎない。浪人の身分でありながら、映画館とジャズ喫茶に入り浸り、まるで勉強しなかったぼくには、大学を選ぶなどという贅沢はありえなかった。しかし、その「たまたま」の結果、ぼくはキリスト教に触れ、(略)>(p.163、文庫版)

という感じ。2浪もしているとやっぱり選択の余地が減ってしまうんだね(うーん…)。でも、人生、あれこれ塞翁が馬というか、結果オーライというか?(というか結果的にしかわからないよね、人生の良し悪しは)。ちなみに「ぼく」のお父さんは――この小説は亡くなった父親の骨を墓に納める(まく)場面から始まっていて――、四修(中学4年修了)で海軍機関学校に入っているらしい。優秀だよね、やっぱり。頭のよさや真面目さは、子どもには遺伝しなかったのかな。ところで、この小説はいつの話? 気にせずに読み終わっちゃったよ(汗)。お父さんは終戦のとき28歳、「ぼく」はお父さんが39歳のときの子ども……だから、えーと、作中年は1980年?

安岡章太郎「夕陽の河岸」
同名書(新潮社、1991/新潮文庫、1994)所収、6篇目(いちおう全10篇中)。若くして亡くなった友人のGについて「私」が回想している。「私」とGとは同じ学校には通っていないけれど、学年が同じ。愛称が二人とも「ショウちゃん」――ま、広い意味での“分身譚”かな。小学校卒業の年、Gは優秀だったにもかかわらず、受験した学校をことごとく滑ってしまう。結局、なんとかまだ募集をしていた中学校に入る。で、中学1年のとき、みんなの憧れの的(?)陸軍幼年学校に合格。――山中峯太郎『星の生徒』という小説は知らなかったな。というか、世の中(?)知らない小説ばかりだけれど。私が知らないだけで、いろいろとありそうだね、獅子文六『海軍』とか、そういう類のものが。Gが亡くなったのは、昭和13年(1938年)、士官学校本科に進む頃。その当時、「私」は中学校を卒業して浪人1年目。映画館に通ったり、予備校仲間と徹夜で麻雀をすることもあったり、らしい。試験(現在であれば高校受験や大学受験)がその人の「運命」を左右する――その通りだとは思うけれど、何が自分にとって良い(良かった)のかというのは、結局のところ、結果的にしか(あとで振り返ってしか)言えないわけだから。うーん…。そういえば、ぜんぜん関係ないけれど――川(河)つながりといえば川つながりか、この前、朝日新聞社会部『神田川』(新潮文庫、1986)という本を読んでいて知ったのだけれど、その昔、作家の高橋三千綱はデビュー前に「山の上ホテル」に少しの間、勤めていたことがあって、お客さんな安岡章太郎に自費出版した随想集を「読んでください…」と渡したことがあったらしい。でも思うに、安岡氏ってそういうのを読んであげるような性格かな?(まっすぐゴミ箱に捨てられちゃっていないことを祈るしかないな)。そう、高橋三千綱って、芥川賞受賞前にも1度候補になっているんだっけ? 2度の選評で安岡選考委員がどう書いているのか、ちょっと知りたいな。
 

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

この日記について

日記内を検索