『梨の花咲く町で』(新潮社、2011.11)所収。7篇収録されているうちの後ろから2番目(いちばん後ろには表題作)。初出は本の後ろのほうによれば<「季刊文科46」2009年10月>とのこと。まだこの1篇しか読んでいないけれど(貧乏人が買ってはいけない値段=1,900円+税もしたので、無理にでもぜんぶ読んでおきたいけれど)、作中で詩が引用されているだけでなく、地の文もちょっと詩的だったり、幻想的というか、観念的な部分もあったり(カントやキルケゴールも読まれたり)で、文学作品、自分には例によって意味がよくわからなかったです(涙)。別に“難解”という感じの小説ではないけれど。えーと、『リルケ書簡集』全4巻をきっかけにして…というか、池袋のジュンク堂書店で発見・購入したその複数巻の本が、最初のへん、過去のある時期を導入するための梯子(時の重なりを測るためのものさし)として使われている感じで(?)、その後、語り手の「わたし」は、過去=昭和30年前後(高校3年から1年の浪人を経て大学入学)くらいのことを、<誰か知らない親愛な人への報告、私信>(p.150)として語っている(←説明が下手で申し訳ない)。高校3年のとき「わたし」は、土佐堀(大阪市の北西部)のYMCAで開かれていた「詩のクラブ」(週1回・夜)に通い始める。そこで講師の先生(詩人)や席が隣り合った無口な女の子、あと医学生の兄妹と出会ったり…。無口な女の子(「わたし」も無口)とはちょっと交際したりもしている。というか、ある種の“恋愛小説”としても読める?(別に無理にそう読まなくてもいいか(汗))。

“浪人生小説”(そんな小説ジャンルはないけれど)としてはどうかな? 「わたし」は、大学に落ちたこと自体はそれほど気にしていない様子? そんなこともないかな…(あ、すべりどめ2校には受かっていたらしい)。でも(?)、浪人中に(高校時代からかもしれないけれど)ちょっと“死”に接近しているような? 受験失敗後(昭和30年=1955年の話)大阪では、淀川の滝のような場所(<蕪村ゆかりの毛馬の閘門>)を見に行ったり、6月には予備校通いを口実に上京、吉祥寺に下宿して(駒場に通いやすく入居者が東大生ばかりの<清風荘>)井の頭公園の針葉樹林などを散歩したり…。入水あるいは木で首吊りの願望?(違うか)。――浪人中の話で次のような箇所がある。

 <そのころ、ラムの『エリア随筆集』を戸川秋骨訳で読んだ。原テキストと合わせて読んだ。山崎貞の『新英文解釈』を丸暗記した程度の学力では、読解が困難であったが「夢の中の子供 幻想」は再読三読した。これはもはや随筆ではなかった。短篇の名作だった。もう少し生きていてもいいな、と思えた。>(p.159)

『新英文解釈』というのは、たぶんお世話になった人も多い、定番の英語学参『新々英文解釈研究』(研究社)と同じもの?(参考書って同じ著者のものでも、似たような書名のものが多いからよくわからんです)。作者(1936年生まれ)より1つ歳上、久世光彦の書評集『美の死 ぼくの感傷的読書』(筑摩書房、2001/ちくま文庫、2006)には次のような箇所がある。

 <学生のころ、大学受験の役に立つと友人に騙されて、C・ラムの「エリア随筆」を原文で読みかけたことがある。語学的には兎も角、何を言っているのか、まるで歯が立たなかった。たかが<随筆>と高を括っていたら、とんでもない。ほとんど<哲学>の領分だった。(略)>(Ⅲの扉うら、p.230・文庫版)

私は挑戦したことがないのでよくわからないけれど、どうやら随筆を超えた随筆、(少なくとも当時の)高校生・浪人生にはかなり難解な(でも挑戦しがいのある?)テキストだったようだ。――「わたし」は8月には大阪に戻って、また「詩のクラブ」に顔を出したり、題名(=「橋上の駅」)に関係することがあったり、再び同クラブには行かなくなったり…している。翌年(昭和31年=1956年)、第1志望かどうかわからないけれど、大学にはふつうに受かったようだ(また上京)。

~・~・~・~・~・~・~・~・~
以前にも同じことを書いた気がするけれど(繰り返しになるかもしれないけれど)、昭和20年代後半(=1950年代前半)くらいの受験参考書に関しては、塚本康彦『受験番号5111 東大受験生の赤裸な日記』(カッパ・ブックス、1963)という本が、個人的にはお薦めです(私は持っていないけれど、地元の図書館にある)。主に浪人時代(昭和27年度=1952年度)の日記で、著者がいわゆる自宅浪人(予備校には通っていない浪人生)ということもあって、勉強に使われている参考書(の書名)がけっこう出てくる。小説では、高校時代が描かれている三木卓『柴笛と地図』(集英社、2004/集英社文庫、2006、作者は1935年生まれ)には、参考書の書名がわりと(それほど多いというわけではないけれど)出てくる。あ、昔の参考書に関することを知りたければ、学習雑誌・受験雑誌のバックナンバーを当たったほうが早い…かもしれないけれど、たぶんふつうの(?)図書館には置かれていないと思う。英語限定だけれど、昨年(2011年)江利川春雄『受験英語と日本人 入試問題と参考書からみる英語学習史』(研究社)という、昔の代表的な参考書を知るのに便利な本も出ている。参照されたしです。

ぜんぜん関係ないけれど(思い出した)、昨年(2011年)、尾高修也『近代文学以後 「内向の世代」から見た村上春樹』(作品社、2011.9)という本を購入して――最近、書名に「村上春樹」とあるだけで読む気が失せるけれど(玉石混交すぎるというか「石」な本が多すぎる)『赤頭巾ちゃん気をつけて』の庄司薫について書かれていたので興味をもって――、ぱらぱらと読んでいたら(時間がなくていまだに通読できていないけれど)次のような箇所が。

 <大学へ入る前の浪人中に、福田章二と神田でばったり出会ったことがあった。「僕は予備校の特待生なんだよ」といっていた。家へ来ないかというので後日訪ねた。音楽の話になると、ピアノを弾いてくれた。(略)>(p.196)

この本、ほかにも触れたい箇所(興味深い記述)がいくつかあるけれど、それはまた別の機会にして。この著者と庄司薫(=福田章二、1937年生まれ)は高校の同級生だったらしい。で、庄司薫って浪人していたのか、知らなかったです。以前、浪人していないのかと思って(何を読んでそう判断したのか思い出せないけれど)、このブログでも「していない」と書いてしまったような記憶が…。訂正しておきます。でも、ふつうに予備校(神田の?)に通って受験勉強していたのかな? なんだかイメージとずれる気も…。「特待生」というあたりは「ぽい」といえば「ぽい」けれど。
 

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