『世界で一番ロマンチックな海』(角川文庫、1993)所収、6篇中の6篇目。奥付の手前のページによれば、この1篇の初出誌は『野性時代』1993年1月号らしい。ちょっとミステリ要素もあるし、※以下いちおうネタバレ注意です。面白かったというか、久しぶりにちゃんと浪人生が主人公になっている小説を読んだ気分――だけれど、けっこう最近もいくつか読んでいたっけかな(記憶力なさすぎ(涙))。「匂い」がキーワードというか、けっこう雰囲気が良い小説だったかもしれない。ひと言でいえば“浪人生・ミーツ・年上の女性”という感じの話。季節はもう秋で、主人公の心的温度(テンション)はあまり高くない感じ…だけれど、けっこう青春小説だったと思う。

四谷の予備校に通っている浪人生の「ぼく」(=新庄、母親からは「謙ちゃん」と呼ばれている)。生まれ育って、現在も両親と暮らしている家は、井の頭公園の南のへんにあって、そこは狭い道のためにあまり車が入って来ない静かな住宅地。「ぼく」は大学受験に失敗して以来、家の近くの植物(木や花)に目が向くようになっていて(植物図鑑も購入するほど)、例えば初秋のころには金木犀が香ったり――。で、ある残暑な夜、母親から頼まれて、父親の晩酌用(?)のビールを三河屋へ買いに行く途中(まっすぐに向かわずに遠回りをしている)、ご近所の家(藤森さんち)の敷地に完成したまま、留守宅になっていた家の前で、香水の匂いをかぐ。……ちょっと細かく書きすぎている?(汗)。その「匂い」は、予備校で一緒の子(=岡田光代)がたまたま試供品(テストペーパー)を持っていたことで、<エルメスの「カレーシュ」>とわかって、「ぼく」は新宿のデパートで同じものを買い求めて……って、やっぱり細かく書きすぎているな(涙)。で、えーと、匂いのもとの年上の女性=ご近所の若奥さん、の旦那(藤森さんの息子)が自動車の事故で亡くなるのだけれど、「ぼく」はその女性が車のタイヤをいじっている場面や、男性とホテルで会っている現場を目撃していて(後者、見たというかあとをつけたのだけれど)――要するに女性が夫を殺したのではないか、というミステリーな部分と、「ぼく」は女性から旅行に誘われて行くことになるのだけれど(電車で温泉宿へ)、女性を疑っている自分(秘密を知っているかもしれない自分)は、彼女に殺されてしまうのではないか、というサスペンスな部分とがある。

“浪人生小説”としては――どうなのかな? 大学受験に失敗して以前よりも空が青く見えたり、星のきらきら度が増しているように感じたり…みたいなことは、少なくとも小説を読んでいると、たまに見かけるかな。浪人生が井の頭公園を歩く…という場面がある小説も、過去に2度くらい読んだことがある気が。でも、この小説では“浪人”という設定は、ほとんど背景化している感じ?

 <(略)大学受験に失敗したことも、ある意味では岐路だったかも知れないが、一度くらい受験に失敗したからと言って、ぼくの人生が変わるとは思えなかった。/その意味で、ぼくがまっすぐ三河屋へ行かずに、家を出て右に曲がったのは、ぼくの人生で初めての岐路だったのだ。(略)>(pp.151-2)

「そのひと」と出会えたのは浪人したからだ、みたいな発想にはなっていない(汗)。この主人公は(少なくとも小説ではわりとメジャーな?)“浪人=たいしたことではない”派かな。――受験結果がネタバレしてしまうけれど、もう1箇所引かせてもらうと、

 <ぼくは、結局、その年の大学受験には失敗した。二年浪人をして、ぼくは、大学に入ったのだ。/母に用を言いつけられて、三河屋へ行くのに遠回りしたように、ぼくは、人生でも遠回りをしてしまった。でも、ぼくは、家を出て左に行かずに右に行ってしまったことを、少しも後悔していなかった。まわり道をしなければ、得ることの出来なかった人生。>(pp.213-4)

たしかに浪人=人生のまわり道…ではあるけれど、それよりも具体的な道の選択(右に行くか左に行くか)のほうが、ポイントが高い…みたいな?(ちょっと違うか)。そう、どうでもいいけれど、「三河屋」という言い方がちょっと古いやね? 1993年(約20年前)の時点でも、あまり使われなくなっていたのではないかと思うけれど(あ、『サザエさん』には出てくるか、三河屋さん)、うーん、でも、この小説の場合、場所的にOKな感じなのかもしれない(流行を追っているような場所ではないというか、家は戦後すぐにお祖父ちゃんが買って10年前にお父さんが立て直した、とのこと。あ、お祖父ちゃんって亡くなっているんだっけ? 3人家族っぽい)。

予備校に友達が1人いて(丸山)、早稲田に友達が1人いる(相川=電話でのみ登場)という設定は、最近たまたま読んだ小説と同じだな(ま、どうでもいいか)。あ、早大は「ぼく」の受験予定校の1つに入っているらしい。あと、触れようかどうしようか迷ったのだけれど(下ネタになるから)、相手が年上の女性であると、なんていうか、<「あなたは、何もしなくていいの」>(p.211)的なことになっちゃうのかな、やっぱり(汗)。というか、ほかのこと(自分の身が危ないとか)に思考をとらわれていたにしても、一緒に旅行、と言われた時点で、童貞の「ぼく」はもっとドキドキ(?)したりしてもよかったのでは?(そういう小説ではないか)。

ちなみに別の本(『日本幻想作家事典』)で調べてみると、作者は1937年生まれらしい。この小説を読んだだけの印象では(いいかげんな想像だけれど)もっとずっと若い感じがする。
 

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