大岡玲 「緑なす眠りの丘を」
2013年2月10日 読書
『黄昏のストーム・シーディング』(文藝春秋、1989/文春文庫、1992)所収、2篇中の1篇目。初出誌は『文學界』1987年12月号。手もとにあるのは文庫版(そのpp.7-113)。文章は読みやすかったけれど、何を言っているのか、自分にはさっぱりわからず(涙)。例によって純文学系の小説が読めない(私の頭が悪い)ということで、ご勘弁願いたい。ただ、とりあえず村上春樹っぽいな、とは思った(いま読むからそう思えるのかな、1980年代後半の小説)。
「ぼく」(=長尾渉)は最初、22歳の誕生日前の大学生。ある日、建築家(彫刻家でもある)の父親にいわゆる隠し子がいることがわかって、母親(=園子、短大で仏文学を教える)は怒り狂い、攻められ続けた父親は家を出て行き、母親は「ぼく」が出かけようとすると、階段から落ちたり、転んだりつまづいたりして(家には通いのお手伝いさん・淑子さんがいるけれど)あまり目が離せない状態に。そのあと大学は春休みに入り、「ぼく」は従兄(=峰邑徹、3つ歳上の大学院生、すでに会社を2つ経営)に紹介してもらった探偵からの報告で場所のわかった、『妹』(=毬矢恵子、20歳くらい)の母親の家(つまり『妹』の実家)を、大学の女友達・晃子(<関東平野の田舎>出身、大学入学後の友達たちとの飲み会で知り合ったらしい)と一緒に歩いて訪ねていくのだけれど、そこは偶然にも「ぼく」が予備校生のときに知り合って、付き合っていた周りからは「ネー」と呼ばれている女の子の家(というかどちらもマンションだけれど)の近くで、「ぼく」はその子のことを思い出したり、晃子に語ったりする。――というか、あらすじを書いても意味がないか(汗)。あとは、従兄の徹に誘われて、晃子と3人で「ぼく」が以前、住んでいたことがある家(ショッピングセンターができるので取り壊し予定)にピクニックに行ったり、『妹』からは突然、電話がかかってきて、私を探しているんでしょう? とのことで会って、そのあと、なぜか「ぼく」は(彼女の描いた絵を見て)彼女が血縁上の妹ではないこともわかって、付き合い出して、そしてまた(?)いなくなったり(つまり「ぼく」は女の子から去られたり)――みたいな話もある。そういえば、右に行ったり左に行ったり…みたいな移動がけっこう多かったような…。あ、親とか親戚(従兄、伯母さん)とかが出てくるあたりは、あまり村上春樹っぽくはないかな。ただ、主人公が大学生で、女の子が3人も(ネー、晃子、恵子)出てくるのはハルキっぽい?(というか、雰囲気的にも『ノルウェイの森』っぽい?)。女の子の1人(=ネー)は亡くなっているし。ま、どうでもいいか(汗)。
「ぼく」がネーと知り合ったのは、友達の友達としてというか、「ぼく」と(同じ予備校に通う?)友人が喫茶店にいたとき。
<「今日は」女の子は、ぼくの正面に坐っている友人に言った。(略)/「やあ、久しぶり。君が学校にくるなんて珍しいなあ」/(略)/「よく言うわね。あなたこそ、予備校生の癖にこんなところでテレビゲームばっかりしているじゃない」/「ぼくもいけないいけないとは思っているんだが、この、そうなんだこの指がいけないんだ。ちまちました遊びにとりつかれているんだ、この指は。ま、それはいいよ。そうだ、こいつは」と彼はぼくを指し示した。/「同じ浪人だ。長尾っていうんだ」それからぼくに向かって言った。「俺の学校時代の同級生でさ、ここの近くの美術専門学校に入ったんだよ」>(p.40)
場所は(東京だろうけれど)どこだろうね? 予備校や専門学校がいくつかあるようなところ? ゲームセンターではなくて喫茶店…。もうインベーダーゲームだけの時代ではないよね?(私にはよくわからないけれど)。友人くん、「指」のせいにしちゃ駄目だよね(汗)。というか、なんだか万引き癖(?)みたいな言い方だな…。この場面は、「ぼく」も一緒に予備校の授業をさぼっている感じ? そう、主人公は(過去ではなくて現在の話)従兄から翻訳の仕事をまわしてもらっているらしいけれど、できあがった翻訳(何語から何語?)の質は大丈夫なんだろうか? 勉強はあまりできなそうな感じがする…というか、本人も、子どものころ<学校の勉強ができなかった>と言っている(p.58)。予備校時代の話(というかネーと会っていたころの話)は以外と多い…かな? えーと、10ページくらいか(pp.39-50)。全体の1割弱くらい。作者(1958年生まれ)は2浪しているようだけれど、この小説の「ぼく」(1975年に15歳)は1浪で済んでいるっぽい。
「ぼく」(=長尾渉)は最初、22歳の誕生日前の大学生。ある日、建築家(彫刻家でもある)の父親にいわゆる隠し子がいることがわかって、母親(=園子、短大で仏文学を教える)は怒り狂い、攻められ続けた父親は家を出て行き、母親は「ぼく」が出かけようとすると、階段から落ちたり、転んだりつまづいたりして(家には通いのお手伝いさん・淑子さんがいるけれど)あまり目が離せない状態に。そのあと大学は春休みに入り、「ぼく」は従兄(=峰邑徹、3つ歳上の大学院生、すでに会社を2つ経営)に紹介してもらった探偵からの報告で場所のわかった、『妹』(=毬矢恵子、20歳くらい)の母親の家(つまり『妹』の実家)を、大学の女友達・晃子(<関東平野の田舎>出身、大学入学後の友達たちとの飲み会で知り合ったらしい)と一緒に歩いて訪ねていくのだけれど、そこは偶然にも「ぼく」が予備校生のときに知り合って、付き合っていた周りからは「ネー」と呼ばれている女の子の家(というかどちらもマンションだけれど)の近くで、「ぼく」はその子のことを思い出したり、晃子に語ったりする。――というか、あらすじを書いても意味がないか(汗)。あとは、従兄の徹に誘われて、晃子と3人で「ぼく」が以前、住んでいたことがある家(ショッピングセンターができるので取り壊し予定)にピクニックに行ったり、『妹』からは突然、電話がかかってきて、私を探しているんでしょう? とのことで会って、そのあと、なぜか「ぼく」は(彼女の描いた絵を見て)彼女が血縁上の妹ではないこともわかって、付き合い出して、そしてまた(?)いなくなったり(つまり「ぼく」は女の子から去られたり)――みたいな話もある。そういえば、右に行ったり左に行ったり…みたいな移動がけっこう多かったような…。あ、親とか親戚(従兄、伯母さん)とかが出てくるあたりは、あまり村上春樹っぽくはないかな。ただ、主人公が大学生で、女の子が3人も(ネー、晃子、恵子)出てくるのはハルキっぽい?(というか、雰囲気的にも『ノルウェイの森』っぽい?)。女の子の1人(=ネー)は亡くなっているし。ま、どうでもいいか(汗)。
「ぼく」がネーと知り合ったのは、友達の友達としてというか、「ぼく」と(同じ予備校に通う?)友人が喫茶店にいたとき。
<「今日は」女の子は、ぼくの正面に坐っている友人に言った。(略)/「やあ、久しぶり。君が学校にくるなんて珍しいなあ」/(略)/「よく言うわね。あなたこそ、予備校生の癖にこんなところでテレビゲームばっかりしているじゃない」/「ぼくもいけないいけないとは思っているんだが、この、そうなんだこの指がいけないんだ。ちまちました遊びにとりつかれているんだ、この指は。ま、それはいいよ。そうだ、こいつは」と彼はぼくを指し示した。/「同じ浪人だ。長尾っていうんだ」それからぼくに向かって言った。「俺の学校時代の同級生でさ、ここの近くの美術専門学校に入ったんだよ」>(p.40)
場所は(東京だろうけれど)どこだろうね? 予備校や専門学校がいくつかあるようなところ? ゲームセンターではなくて喫茶店…。もうインベーダーゲームだけの時代ではないよね?(私にはよくわからないけれど)。友人くん、「指」のせいにしちゃ駄目だよね(汗)。というか、なんだか万引き癖(?)みたいな言い方だな…。この場面は、「ぼく」も一緒に予備校の授業をさぼっている感じ? そう、主人公は(過去ではなくて現在の話)従兄から翻訳の仕事をまわしてもらっているらしいけれど、できあがった翻訳(何語から何語?)の質は大丈夫なんだろうか? 勉強はあまりできなそうな感じがする…というか、本人も、子どものころ<学校の勉強ができなかった>と言っている(p.58)。予備校時代の話(というかネーと会っていたころの話)は以外と多い…かな? えーと、10ページくらいか(pp.39-50)。全体の1割弱くらい。作者(1958年生まれ)は2浪しているようだけれど、この小説の「ぼく」(1975年に15歳)は1浪で済んでいるっぽい。
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