森村誠一 『凍土の狩人』
2013年2月12日 読書
カッパノベルス、1991。文庫は光文社文庫からも出ているけれど(1994)、私が読んだのは角川文庫のもの(2003)。どこかほかの文庫からも出ているかもしれない。([追記]初出は『小説宝石』1990年11月号、12月号、1991年2月号らしい。よく調べていないけれど、本当かな?)個人的に苦手意識のある森村誠一作品、期待度が低かったせいか、読んでみたら意外と面白かったです。ストーリーも、最後のほうではいくつかの話がごちゃっと結び付いているけれど(偶然が多いよなぁ…)、前半のほうはけっこうシンプルでよかった。※以下いちおうネタバレ注意です。
<性欲の処理を出来ず勉強が進まなくて、二浪し今年も受験に失敗しそうな息子に、漆原病院院長夫妻は頭を痛めていた。夫妻は女性を誘拐して、セックス処理にあてがいだすが、誘拐した松葉尚子を過って殺害してしまう。スキャンダルを怖れる夫妻は犯罪を隠そうとするが、なぜか死体が消えてしまう!/一方、尚子の兄・松葉潤一の妻も、多摩川で殺された男には、アリバイがあったが、小さな糸口から、二つの事件は交差し始める……。(略)>(表紙カバー後ろより)
光文社文庫版の後ろには<“倒叙推理”と“アリバイ崩し”>(「推理」には「ミステリー」とルビ)と書かれているようだけれど、わざわざ「倒叙ミステリー」というほどでもないかな…。女性の誘拐(夫婦が高級車から「送ってあげる」と女性に声をかけて乗らせて、麻酔をかけて別荘に待機している息子にあてがう、そして麻酔が切れるころに10万円を持たせて家に送り届ける)は、最初うまくいっているのだけれど、松葉尚子の場合、麻酔が早く切れたり、テレビ出演したことがあるお父さん(=院長、漆原英之)の顔が覚えられていたり、――騒がれたのでお父さん、もみあってその女性を殺してしまう。遺体の処理は、事務長の五藤(院長夫人・登紀子の異母弟)に頼むのだけれど、あとで車だけが見つかって、五藤は尚子の遺体とともにゆくえ知れずに。←内容、ちょっと詳しく書きすぎている?(汗)。そう、やっぱりお兄さん(=松葉潤一)がかわいそうだよね。たった1人の家族だった妹は突然、失踪(読者には亡くなっていることがわかる)、結婚したばかりの女性・菊池梨枝は河岸で死体となって発見される…。あ、ただ、このお兄さん、奥さんのほうの事件に関しては“アリバイ崩し”の役に立っている。国際派俳優・日沼賢次があやしい人物として浮上してきて…。(そういえば、最近たまたま読んでいた小説、乾くるみ『六つの手掛り』(双葉社、2009/双葉文庫、2012.3)の4つ目の話「三通の手紙」でも、留守番電話が出て来ていて――“アリバイ崩し”と留守電は相性がいいのかな? 時間差、声だけ、いちおう機械じかけ…私にはよくわからないけれど、ミステリーに使いたくなる人は使いたくなるのかもしれない。)
読む前はもしかして“官能バイオレンス”みたいな小説? とも想像していたのだけれど、違っていた。息子(=宏之)が女性をむさぼっている場面などは、描かれていない。後ろの「解説」(杉江松恋)で「スラップスティック・コメディ」という言葉が使われているけれど、うーん…、それほどコミカルでもなかったような…。でも、そういうふうに読んでもよかったか、とは思った(私は今後、たぶんこの小説を再読することはないと思うけれど)。あ、でも、最初の夫婦のやりとりは面白いな、と思った。「面白い」といっても、ブラックなというか、「おいおい!」的なというか。最初のへんは一応、父親目線で書かれているのだけれど――その前にこのお父さんは入婿で(医者ではあっても、血が怖くて内科を選んだそうだし)、病院長ではあるけれど、お母さんのほうが上に立っている感じ。で、誘拐案に決まる前に夫婦の間でいろいろな案が検討(?)されているのだけれど、
<「さあ、そんな女[=もてない男のためのおたすけ姉さんのような女]の話は聞いたことがないな」/「あなたの女のだれかに頼めないの」/「馬鹿言え、そんなこと頼めるか。いや、そんな女がいるもんか」/漆原は冷や汗をかいていた。>(p.12、[ ]は引用者補足)
ちょっと漫才っぽい?(笑)。もう少し引用したいのだけれど、引用率は大丈夫かな…。
<「私がいっそバレンタイン・クラブにでも入ろうかしら」/(略)/「なんだ、バレンタイン・クラブというのは」/「お友達からチラリと小耳にはさんだんだけど、同じ年ごろの受験生をかかえた母親たちが交互に子供たちのセッ××の処理をしてあげるサークルらしいのよ」/「すると、おまえがどこかの子供の××××の相手をしてやるということか」/「つまり、相互乗入れよ」/「おい、冗談じゃないぞ」/(略)>(pp.12-3、伏字「×」は引用者。)
夫にとって妻の「相互乗入れ」は「冗談じゃない」だろうけれど、読者にとってはブラックな(?)「冗談」になっている? それはともかく、こういうサークルは実在するのかな? 受験生からしてみればかなり歳上の女性…というか、誰か自分と似たような受験生のお母さん――個人的にはちょっとおぞましさを覚える(汗)。どうでもいいけれど、どうして「バレンタイン・~」という名前が付いているんだろう?(女性が好きな男性に無料でチョコレートをあげる――サークルの実態とはほとんど無関係なネーミング?)。で、さらに(?)<登紀子は他に方法がなければ、息子と寝かねない顔をしていた>(p.13)とのことで、ネタバレしてしまうかもしれないけれど、松本清張「歯止め」を思い出す(書名が思い出せないけれど、昔、読んだ赤川次郎の小説にもそんなような箇所があった気がする)。
でも、実際問題(小説ではなくて現実の話)、親としてはどう対処すればよかったのかな? 性欲が強くなっているというか、性的な関心が高くなっていて、映画館で見知らぬ女性に抱き付くまでになっている(警察から親に電話がかかってくるような)息子。やっぱり、もっと大きな事件(重大な性犯罪)を起こす前に何かしら手を打たないとだよね…。見かけが悪いわけではない息子、ただ女性とどう付き合っていいかわからない、女性に対してどうアプローチしていいかわからない息子。体は大人でも、心はまだ子ども…。誰かナンパが得意な人(大学生とか)でも雇ってレクチャーを受けさせればいいような? 息子が自分で彼女を調達できるように。そんな都合のいい人、簡単には見つからないか。
浪人生の息子(=宏之)目線の箇所も1箇所だけある(pp.45-53、第2章の最後の「3」)。院長が尚子を殺してしまったあとの話、街を歩いていると、両親が最初に誘拐してきた女性(女の子)に声をかけられる。宏之の顔を覚えていて、またお金が欲しいんだけど、みたいなことで、なんだかんだで宏之の専属(1号なき2号)に。とりあえずラッキーというか、めでたし、みたいなことになっている。この女性=美沢めぐみは「寝ルバイト」の報酬として月々50万円(もちろん親のお金)を受け取ることに。――両親はそんな額が払えるなら、もっと小さいころに宏之に英才教育(詰め込み系の、あるいは逆に地頭がよくなるような)を受けさせておけばよかったのにね。浪人してから慌ててもなぁ…。というか、そもそも子どもが1人だけ、というのが、なぜなんだか。病院の跡取り問題が生じるのは、最初からわかっていたことでは?(長期計画に欠けている?)。
なんだか今日もぐだぐだな感想…(涙)。書くべきことをぜんぜん書いていない気がするけれど、まぁもういいか(疲れました(涙))。そう、病院は、VIP向けの「ホスピテル」(=病院+ホテル)で、患者のことは「病客」と呼んでいるらしい(「ホテル」というあたり、微妙に森村誠一らしい?)。あと、宏之くんの志望は、どうのこうので医学部の裏口入学も無理らしく(それくらい出来が悪いらしく)、でも、お父さん的には息子を、大学を出だして「オーナー事務長」の座に付けたいらしい(いまの法律では医学部を出ていないと「理事長」にはなれなくて「オーナー理事長」は無理らしい)。で、なんだかんで(?)大学には受かっている。そう、むしろ子どもが女の子1人なら、お母さんのケースと同じように、誰か病院で働いている優秀な男性医師をお婿さんに…みたいなことも可能なのにね。あ、最後のへんにこんな箇所がある。
<事件の報道に接した社会は、上流階級の仮面を被った人間たちのあまりに自己本位で、親馬鹿を剥き出しにした犯行にあきれた。だが受験生を子供に持つ親たちは、事件を対岸の火事として眺められなかった。/(略)>(p.238)
いや、意識的にも無意識的にもわりと「対岸の火事」なんではないか、と思わなくもない。たいていの親は、もしお金があっても(麻酔が使えたりしても)女性をさらってきて息子に与えたりはしないだろう(汗)。子どものためなら何でもできる、法を犯すこともいとわない――みたいなお馬鹿な親は、子どもが小学生くらいのときにすでに何かして逮捕されていそうな?
[追記]その後、集英社文庫版(2017.4)が出ている。
<性欲の処理を出来ず勉強が進まなくて、二浪し今年も受験に失敗しそうな息子に、漆原病院院長夫妻は頭を痛めていた。夫妻は女性を誘拐して、セックス処理にあてがいだすが、誘拐した松葉尚子を過って殺害してしまう。スキャンダルを怖れる夫妻は犯罪を隠そうとするが、なぜか死体が消えてしまう!/一方、尚子の兄・松葉潤一の妻も、多摩川で殺された男には、アリバイがあったが、小さな糸口から、二つの事件は交差し始める……。(略)>(表紙カバー後ろより)
光文社文庫版の後ろには<“倒叙推理”と“アリバイ崩し”>(「推理」には「ミステリー」とルビ)と書かれているようだけれど、わざわざ「倒叙ミステリー」というほどでもないかな…。女性の誘拐(夫婦が高級車から「送ってあげる」と女性に声をかけて乗らせて、麻酔をかけて別荘に待機している息子にあてがう、そして麻酔が切れるころに10万円を持たせて家に送り届ける)は、最初うまくいっているのだけれど、松葉尚子の場合、麻酔が早く切れたり、テレビ出演したことがあるお父さん(=院長、漆原英之)の顔が覚えられていたり、――騒がれたのでお父さん、もみあってその女性を殺してしまう。遺体の処理は、事務長の五藤(院長夫人・登紀子の異母弟)に頼むのだけれど、あとで車だけが見つかって、五藤は尚子の遺体とともにゆくえ知れずに。←内容、ちょっと詳しく書きすぎている?(汗)。そう、やっぱりお兄さん(=松葉潤一)がかわいそうだよね。たった1人の家族だった妹は突然、失踪(読者には亡くなっていることがわかる)、結婚したばかりの女性・菊池梨枝は河岸で死体となって発見される…。あ、ただ、このお兄さん、奥さんのほうの事件に関しては“アリバイ崩し”の役に立っている。国際派俳優・日沼賢次があやしい人物として浮上してきて…。(そういえば、最近たまたま読んでいた小説、乾くるみ『六つの手掛り』(双葉社、2009/双葉文庫、2012.3)の4つ目の話「三通の手紙」でも、留守番電話が出て来ていて――“アリバイ崩し”と留守電は相性がいいのかな? 時間差、声だけ、いちおう機械じかけ…私にはよくわからないけれど、ミステリーに使いたくなる人は使いたくなるのかもしれない。)
読む前はもしかして“官能バイオレンス”みたいな小説? とも想像していたのだけれど、違っていた。息子(=宏之)が女性をむさぼっている場面などは、描かれていない。後ろの「解説」(杉江松恋)で「スラップスティック・コメディ」という言葉が使われているけれど、うーん…、それほどコミカルでもなかったような…。でも、そういうふうに読んでもよかったか、とは思った(私は今後、たぶんこの小説を再読することはないと思うけれど)。あ、でも、最初の夫婦のやりとりは面白いな、と思った。「面白い」といっても、ブラックなというか、「おいおい!」的なというか。最初のへんは一応、父親目線で書かれているのだけれど――その前にこのお父さんは入婿で(医者ではあっても、血が怖くて内科を選んだそうだし)、病院長ではあるけれど、お母さんのほうが上に立っている感じ。で、誘拐案に決まる前に夫婦の間でいろいろな案が検討(?)されているのだけれど、
<「さあ、そんな女[=もてない男のためのおたすけ姉さんのような女]の話は聞いたことがないな」/「あなたの女のだれかに頼めないの」/「馬鹿言え、そんなこと頼めるか。いや、そんな女がいるもんか」/漆原は冷や汗をかいていた。>(p.12、[ ]は引用者補足)
ちょっと漫才っぽい?(笑)。もう少し引用したいのだけれど、引用率は大丈夫かな…。
<「私がいっそバレンタイン・クラブにでも入ろうかしら」/(略)/「なんだ、バレンタイン・クラブというのは」/「お友達からチラリと小耳にはさんだんだけど、同じ年ごろの受験生をかかえた母親たちが交互に子供たちのセッ××の処理をしてあげるサークルらしいのよ」/「すると、おまえがどこかの子供の××××の相手をしてやるということか」/「つまり、相互乗入れよ」/「おい、冗談じゃないぞ」/(略)>(pp.12-3、伏字「×」は引用者。)
夫にとって妻の「相互乗入れ」は「冗談じゃない」だろうけれど、読者にとってはブラックな(?)「冗談」になっている? それはともかく、こういうサークルは実在するのかな? 受験生からしてみればかなり歳上の女性…というか、誰か自分と似たような受験生のお母さん――個人的にはちょっとおぞましさを覚える(汗)。どうでもいいけれど、どうして「バレンタイン・~」という名前が付いているんだろう?(女性が好きな男性に無料でチョコレートをあげる――サークルの実態とはほとんど無関係なネーミング?)。で、さらに(?)<登紀子は他に方法がなければ、息子と寝かねない顔をしていた>(p.13)とのことで、ネタバレしてしまうかもしれないけれど、松本清張「歯止め」を思い出す(書名が思い出せないけれど、昔、読んだ赤川次郎の小説にもそんなような箇所があった気がする)。
でも、実際問題(小説ではなくて現実の話)、親としてはどう対処すればよかったのかな? 性欲が強くなっているというか、性的な関心が高くなっていて、映画館で見知らぬ女性に抱き付くまでになっている(警察から親に電話がかかってくるような)息子。やっぱり、もっと大きな事件(重大な性犯罪)を起こす前に何かしら手を打たないとだよね…。見かけが悪いわけではない息子、ただ女性とどう付き合っていいかわからない、女性に対してどうアプローチしていいかわからない息子。体は大人でも、心はまだ子ども…。誰かナンパが得意な人(大学生とか)でも雇ってレクチャーを受けさせればいいような? 息子が自分で彼女を調達できるように。そんな都合のいい人、簡単には見つからないか。
浪人生の息子(=宏之)目線の箇所も1箇所だけある(pp.45-53、第2章の最後の「3」)。院長が尚子を殺してしまったあとの話、街を歩いていると、両親が最初に誘拐してきた女性(女の子)に声をかけられる。宏之の顔を覚えていて、またお金が欲しいんだけど、みたいなことで、なんだかんだで宏之の専属(1号なき2号)に。とりあえずラッキーというか、めでたし、みたいなことになっている。この女性=美沢めぐみは「寝ルバイト」の報酬として月々50万円(もちろん親のお金)を受け取ることに。――両親はそんな額が払えるなら、もっと小さいころに宏之に英才教育(詰め込み系の、あるいは逆に地頭がよくなるような)を受けさせておけばよかったのにね。浪人してから慌ててもなぁ…。というか、そもそも子どもが1人だけ、というのが、なぜなんだか。病院の跡取り問題が生じるのは、最初からわかっていたことでは?(長期計画に欠けている?)。
なんだか今日もぐだぐだな感想…(涙)。書くべきことをぜんぜん書いていない気がするけれど、まぁもういいか(疲れました(涙))。そう、病院は、VIP向けの「ホスピテル」(=病院+ホテル)で、患者のことは「病客」と呼んでいるらしい(「ホテル」というあたり、微妙に森村誠一らしい?)。あと、宏之くんの志望は、どうのこうので医学部の裏口入学も無理らしく(それくらい出来が悪いらしく)、でも、お父さん的には息子を、大学を出だして「オーナー事務長」の座に付けたいらしい(いまの法律では医学部を出ていないと「理事長」にはなれなくて「オーナー理事長」は無理らしい)。で、なんだかんで(?)大学には受かっている。そう、むしろ子どもが女の子1人なら、お母さんのケースと同じように、誰か病院で働いている優秀な男性医師をお婿さんに…みたいなことも可能なのにね。あ、最後のへんにこんな箇所がある。
<事件の報道に接した社会は、上流階級の仮面を被った人間たちのあまりに自己本位で、親馬鹿を剥き出しにした犯行にあきれた。だが受験生を子供に持つ親たちは、事件を対岸の火事として眺められなかった。/(略)>(p.238)
いや、意識的にも無意識的にもわりと「対岸の火事」なんではないか、と思わなくもない。たいていの親は、もしお金があっても(麻酔が使えたりしても)女性をさらってきて息子に与えたりはしないだろう(汗)。子どものためなら何でもできる、法を犯すこともいとわない――みたいなお馬鹿な親は、子どもが小学生くらいのときにすでに何かして逮捕されていそうな?
[追記]その後、集英社文庫版(2017.4)が出ている。
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