序

 私はここ[※横に「玄」を2つを並べた漢字]に学生々活を題材にした小説ばかりを集めて見た。殊にその半ばは一高の寮生活に取材したものである。
 学生としての生活は、今迄の私の生涯の大部分を占めていると云ってもいい。従って其生活を描写する事は、私に許されたる最も安全な道であった。しかも或る意味では、私にのみ許されたる独特の道であるかの観さえ在った。
 学生という社会制度上の一階級が、事実世の中に存在している以上、而してその数が甚だ尠くはない以上、それを題材にした芸術品が、在って然るべき筈なのである。しかも今迄其数は甚だ少なかった。而して其僅少な中にも吾々学生の真相に触れぬものが多かった。私の此の小さな著作集は、そう云う意味に於ての不足を、少しは満たすところがあろうと信ずる。境遇が少しく偏しているかも知れぬが、明治の末から大正の初めにかけての、学生気質の或る一面だけは、兎も角描写し得た積りだからである。
 其意味に於て此の小説集は、現在学生である人は勿論、是から学生であるべき人、嘗って学生であった人、学生を子弟に持つ人等、凡ゆる知識階級の人々から、実用的に近い一読を要求して然るべき事を信じている。敢えて此の虫のよき要求の下に、喜んで此集を書肆に託する。

   大 正 七 年 五 月
                              久  米  正  雄


※ 打ち間違いなどがありましたらご指摘いただけるとありがたいですm(_ _)m。
 

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